%e8%81%b7%e6%a5%ad%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%ae%e5%b0%8f%e8%aa%ac%e5%ae%b6村上春樹が初めて明かす、創作の秘密なのである。これは読まねばなるまいと、久しぶりに新刊の単行本を買ってしまった。すぐに買えば良かったのだが、まあいつでも買えると思っていたのが甘かった。いつもの大型書店で探したら、なんと置いていなかったのだ。在庫もないと言うではないか。そういえば、この本は紀伊國屋書店が出版社から初版の9割を買い切り、取次のトーハンや日販を通さない特殊な販売方法だったことを、今更ながら思い出した。
つまりこの本は、通常の返品可能な委託販売ではなく、書店側の買い切り制なのだ。この書店は、初回発注分を売り切った後、追加発注を本社判断で止めたのだそうだ。まったく情けない経営者だ。

そもそも紀伊國屋書店は、Amazon対策のために書店が団結して本屋を守ろうと、国内書店の盟主としてリスク覚悟の制度改革をしようとしたのだ。だから確実に売れる村上春樹の本で、リスク覚悟で自社で買い切り、テスト販売したはず。それを、売れ残りのリスクが怖くて、在庫できないようでは、読者は益々便利なネット販売に逃げるだけだ。売れなければ簡単に返品できる、委託販売というぬるい殿様商売をしていたから、Amazonという黒船に席巻されてしまうのだ。

それにしても、村上春樹の本の感想の前に、長々と春樹本の販売方法について、お喋りしてしまった。で、肝心の内容なのだが、この本は村上春樹の本音が聞ける、貴重なエッセイなのだ。外国生活が長いため、村上春樹の私生活や小説への考え方などを、僕はあまり聞いたことはなかった。特に春樹本が、なぜ世界各国で売られているのかが理解できなかったのだが、この本でその秘密というか経緯が明かされている。

海外生活や海外旅行記などは、紀行文「走ることについて語るときに僕の語ること」に書いてあった。インタビュー集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」には、小説の発想方法もある。しかし、作家として小説の考え方や書き方を、集大成して具体的に明かしたのは初めてだと思う。読んで納得したのは、他の日本人作家とは決定的に違い、出版社からの依頼で書いているわけではない、ということだ。だから締め切りもなく、徹底的に推敲を重ねて完成度を高め、出版社に持ち込むスタイルが可能なのだ。

まあ日本人作家の大半は、締め切りに追われて書くタイプだろう。現実の生活もあるだろうし。締め切りがないと書けないと言っている作家も多い。ベストセラー作家で余裕があるからだという批判には、背水の陣で退路を絶ってから、職業としての小説家を始めた、という。つまり、創作に対する姿勢の違いなのだ。

また、海外への売り込みやアメリカの出版社との交渉まで、自らこなしているとは驚きだった。まあ、日本の出版社はあてにできないだろうし、アメリカでの暮らしが長いので可能なのだろう。それにしても、現代の日本人作家の作品を世界に認めさせたい、などと思っていたとは知らなかった。国内の文壇から理不尽な非難をされてきた割りには、愛国心が強いようだった。

僕にとって、もっとも面白かったのは、やはり小説の書き方だ。デビュー作での文体の作り方、つまり最初に英語で書いてから、翻訳して自分の文体を確立させたというのは驚きだ。もうずいぶんと昔の話だが、初めて春樹本を読んだとき、その乾いた感性と外国文学を読むような味わいが新鮮だったのも、こんな工夫があったからなのだろう。

それに、デビュー以来ずっと「僕」という一人称を使っていたのは、単に三人称の視点で書くテクニックがなかったから、というのも意外だった。三人称が使えないと、小説の幅が広がらない、というのも知らなかったな。言われてみれば、それこそ僕が色々書いている雑文も、ほぼ一人称だ。日記というスタイルだからというのもあるが、三人称という言わば「神の視点」で書くことが、慣れるまでなかなか大変だからだ。作家なら当然のテクニックだろうと思っていたが、何事も最初からできる人はいないもんだな。しかし、作家がここまで小説の書き方というノウハウを、公開というか手の内をさらすのも貴重だ。

ま~これ以外にも、登場人物の作り方、ノーベル文学賞騒動、文壇との確執、教育問題への考え方など興味深い話が満載だった。「物語の持つ善き力」を信じる村上春樹が、どうやって小説を書いてきたか、どう生きてきたかを、真摯に書き連ねた自伝的エッセイなのだ。たとえ村上春樹に興味がない人でも、小説を書こうとする人、生き方の指針を探りたい人にも、お薦めの本でなのであった。