ライトノベル出身で、最近は「阪急電車」という秀作も出している、主婦・有川浩の恋愛小説である。
ネット上で同じ好きな本に出会った「ひとみ」と「伸」の二人。メール交換するうちに意気投合、やっと会うことになったのだが・・・。

予備知識無しで、偶然手にした本なのだが、意外に感動できるラブストーリー。大長編を読んだ後だったので、軽めの本を選んだつもりだった。しかしこの物語は、取っつき易く読みやすいのだが、内容は意外にも重いテーマを抱えているのだ。
最初は短編かな、と思うくらいの軽さの文体と内容。しかも出だしの大半は、Eメールのやり取りで、お話は軽快に進む。ごく普通の若い男女のウブな出会いが、デートになると様相を変えていくのだ。

ネタバレしてしまうが、身障者が主人公の恋愛小説というのは初めて読んだ。恋愛小説の中で、いわゆる難病ものは定番中の定番だが、最初から身障者が恋をする話は非常に珍しいと思う。有川浩らしく、細やかな心理描写と繊細な会話。トラウマを抱えた男女のナイーブで危ういやり取り。相手を気遣うあまりのすれ違い。ま~言葉にすると、純な恋愛小説の王道をいくような感じだが、難聴者と健聴者というカップルだと、その行為一つひとつがより際だってくるのだ。

手紙のやり取りで話が進む恋愛小説は、明治の昔からあった。今ならEメールを使う方が自然だろう。最初の出会いがWebだったという設定にも違和感はない。しかしこのようなEメールのやり取りでお話が進むラブストーリーは、新鮮だった。手紙でなくEメールなので、自然体の口語での文章にも見えるが、実は一言一句疎かにしていなことがよく分かる。男女がメールでやり取りする際の微妙な駆け引きや、言い回しが実にリアルで上手い。

そう言えば、有川浩の初期の作品に、自衛隊三部作「塩の街」、「空の中」、「海の底」がある。エンターテイメントとしては良くできているとは思うのだが、「海の底」での登場人物の心理描写が、やたら詳細なのに困惑した記憶がある。潜水艦に閉じこめられた子供達の心理状態を、納得いくように細やかに書き込むのだが、ちょっと書きすぎの気がしたのだ。高尚な文学作品でなく、エンターテイメント小説の文章に注文を付けても仕方がないのだが、登場人物の心理描写を、こう思ったとかこう感じた、などと直接的に表現するのはいかがなものなのか。登場人物の行動の補足説明をするのに、いちいち詳細に説明していたのでは、話の進みは遅くなるし、心理描写を比喩や暗喩で表現する筆力がないのか、とか感じてしまったのだ。

しかし逆に、この「レインツリーの国」では、その細やかでナイーブな表現力が、主人公たちの純な性格を上手く表現できている。
難聴というハンディキャップを抱えた女性の悩みや心理状態を、きれいごとにせず、実にリアルに表しており、容易に感情移入できるのだ。しかも、障害者の心情をここまで理解して書き込んでいるからには、かなりの準備と労力をかけたと思われる。

普段は人目につかない障害者を、ここまで実体を紹介して、かつ真摯に対応するやり方を示せる見識には感服させられた。
ありきたりの恋愛小説に、飽き飽きした読者にお勧めの、ラブストーリーであった。