発売後、200万部以上も売れ続けている、今年最大の話題作である。近年の芥川賞受賞作品で最も売れている、ご存じお笑い芸人・又吉の処女作。

売れない若手漫才師・徳永は、先輩芸人であり奇想の達人・神谷を師として慕っていた。二人とも貧乏生活の中、笑芸の真髄を極めようと、漫才論を熱く語り相方との稽古を続けたのだが・・・

僕が読み終えて最初の感想は、如何にも芥川賞が選びそうな小説だな、というものだった。作家がお笑い芸人だからとか、文藝春秋の販売戦略だとか、揶揄する輩がいるようだが、読みもしないでケチをつける連中は、発言する資格すらないはずだ。

しかし、これだけ売れた小説だと、賛否両論があるのは当然だろう。普段小説を読まない人まで読むし、それどころか芥川賞受賞作品というものが、どのような小説かを知らない人が大半なのでしかたがない。芥川賞は、新人作家が書いた文芸作品の中から選ばれるので、「面白い」とか「感動的」とかのようなエンターテイメント性は重要視されていない。もし、物語として「面白い小説」を読みたいなら、直木賞受賞作品を読むべきなのだ。

その意味で、僕は最初から芥川賞作品に、面白い小説を期待していなかったので、物語に起伏がなくとも特にがっかりはしなかった。それどころか、今まで読んできた芥川賞受賞作品に比べたら楽しめた方だ。典型的な青春小説のフォーマットで書かれた、この文学作品は、古典的で端正な文体と共に、又吉が公言する好きな作家・太宰の香りも感じさせる、若々しい感性の『古風な作品』に思えた。

もちろん、書かれている内容は現代の風俗であり風景なのだが、書かれている内容は如何にも文学好きな青年が書いた小説なのだ。ただ、あまりに淡々と書いているので単調さは否めず、読者によってはつまらないという感想になってしまいがちなのだろう。

しかし、若者なら当たり前のように抱く、自意識との葛藤、他者との関係性、劣等感、孤独感、プライドを、漫才という特殊な世界に棲む若者の眼差しを通して描く力量は確かだ。先輩芸人である神谷を、盲目的に信奉する主人公・徳永は、不器用でも自分の信じる生き方に真摯であり、好感が持てる。
泣いている赤ん坊にまで、川柳を連発して笑わそうとする奇人の神谷も、その奇行の動機はあくまで笑いを追求する生き様からくるのだ。返すあてもないのに借金を繰り返しながらも、後輩におごることを止めない神谷は、たとえ徳永しか笑ってくれなくとも、その芸を熱く語り、そして極めようとするのだ。そして最後には、破天荒な結末を迎える。

作者・又吉直樹の、その風貌のイメージ通りの、古風だが現代的という矛盾した物語。お笑いという過酷な競争社会の中で、もがき、苦悩し、挫折しながらも、求道者のような生き方を選んだ若者達。そんな、青春文学なのであった。