ご存じ、海堂尊のメディカル・エンターテイメントである。今回は、地域医療の崩壊と産婦人科医の非道な境遇を描いている。

財政破綻状態の極北市にある市民病院。そこに非常勤外科医として赴任した今中は、問題山積みの病院に愕然とする。いがみ合う病院長と事務長、やる気のない病院職員、不衛生な病床。そこに謎の女医がやってきて・・・。

いつものユーモラスな語り口で、地方病院の酷い現状をテンポ良く描いている。今回はミステリーの要素はまったくなく、レギュラーメンバーもほとんど出てこない。しかし相変わらず戯画化された多数のキャラが出演し、その登場人物の行動や言動の面白さだけで読ませてしまう。たいした力量である。そしてテーマは、地方医療の実態とそこで奮闘する名もない医師たちの悲惨な状況なのだ。

元ネタは、何年か前の「北海道旭川市の財政破綻」と「福島県立大野病院産科医逮捕事件」。旭川市の財政破綻は、当時ビッグニュースだったので有名だが、産科医逮捕事件の方は我が輩もあまり記憶にない。裁判で結局、医者が無罪になった記事を読んだ程度だ。ただ、その後は産婦人科の医者になろうという医学生が減少し、全国でも産婦人科が減ったため、出産する場所がなくなる異常事態に陥っている、という特集記事は読んだ。なので、この事件のインパクトは、医療業界にとってかなり大きかったのは確かだろう。

「極北クレイマー」は、この事件を取りあげ、現場の医師を告発することがいかに無謀で、社会的損失が大きいかを描く。日本の医療技術の水準の高さとその維持に、どれほど医師がたゆまぬ努力をしているのか知ってるのか?患者を助けて当たり前、死んだら医療ミスとして告訴する社会は、いったい健全なのか?と、突きつける。

内田樹の「街場のメディア論」でも、今のマスコミは単なるクレイマーでしかないと指摘していた。そのクレイマーを通してでしか情報を得ていない大衆は、ありとあらゆる事象に文句をつける習慣をつけたようだ。政治に、学校に、医者に、商品に、クレームばかりだ。文句を言うなら自分でやれば良いのだ。自分が出来ないことを、他人がやってくれるなら、まず感謝をせねばならない。例え料金を払っていても、税金を払っていても、客でも納税者でも、猿でも犬でも、感謝ぐらいできるだろう。まして病気を治すなど、自分ではどうしようもないことをやってくれる医者には、まず感謝するしかないでしょ。違うのかね、まったく・・・。

もちろんヤブ医者や税金ドロボーはいる。それは確かなのだが、この日本において、そんな輩は少数派であると我が輩は信じている。十把一絡げに、味噌もクソも、些細なミスがあると、全否定してしまう態度は傲慢でしかない。たった1%の問題のために残り99%のサービスを否定したら、サービスや商品は成り立たないのだ。

日本の消費者の要求水準は世界一高いから、日本製品は高品質なのだ、という意見はある。工業製品ならその理屈は通じるのだが、教育とか医療とかの社会インフラは次元が異なるはず。教育や医療の受益者をユーザーと位置づけたのが、そもそも間違いだ。生徒や患者が、お客様のわけがない。お客様扱いなどするから、モンスターペアレンツが出現し、患者が医者を訴えるのだ。

閑話休題。この「極北クレイマー」では、また「日本医療業務機能評価機構」という団体が、病院の格付けをしてまともな病院かどうかを認証する様子も描いている。これが実に皮肉で面白い。企業が受けるISOの認証とほとんど同じような外部監査なのだが、なんでも金を要求し、結局金を払わないと認証を取れないのだ。ま~言ってみれば金で認証をとるようなもんだ。ある監査員資格を持っている我が輩としては、実際にはここまで酷くはないが、認証機構のパロディとして笑えたエピソードだった。

ま~とにかくこの「極北クレイマー」は、エンターテイメントを装った、地方医療の悲惨な実態と、産婦人科医の実状を告発した小説なのである。