青春音楽小説の三部作。本屋大賞にもノミネートされた話題作でもあります。音楽小説というものは意外に少ないのですが、この作品は僕が今まで読んだことのある、音楽小説の中では最も感動できる作品でした。同時に、僕が大好きでしかも膨大にある青春小説の中でも、トップクラスであることは間違いないのです。
裕福な家庭に育った津島サトルは、芸高に落ち二流音楽高校に通っているチェリストのタマゴ。美少年の親友で天才フルート奏者・伊藤、初恋の相手ヴァイオリン奏者の南枝里子と共に、初舞台を目指して、ひたむきに練習に励んでいた・・・。
クラシック音楽の世界というものは、専門用語が多く、プライドが高いので、なかなか敷居が高いものです。そのため取っ付きづらいかな、とも思ったのですが全くの杞憂でした。クラシック音楽の世界を、例え未経験者でも、非常に分かりやすく、圧倒的なディティールの表現力で、あたかも奏者にでもなったかのような気分にさせてくれるのです。読者はオーケストラの一員となり、華麗なコンサートホールで、壮大なクラシック音楽を、一緒に弾けるのです。これは見事な筆力、と言わないわけにはいけません。

最近読んだ青春音楽小説といえば、萬田哲也「疾風ガール」があります。僕はこの小説も大好きなのですが、こちらはロックの世界で、女の子が主人公。やはり音楽の世界を描いていますが、どちらかというと元気な女子のキャラで、一気に読ませます。
この3巻もある「船に乗れ!」という大作は、1巻目ではまず高校入学から1年生までで、サトルの上昇期。キラキラした高校生活と共にクラシック音楽の世界へ、圧倒的な筆力で引き込んでくれます。2巻目になると、意外にも暗転。切なく息苦しくなるほどの青春を描き、3巻目で再生を果たします。
青春小説としては王道の進み方ですが、生半可な小説とは大きく異なります。後半部分の青春の痛みが切なさが、あまりにもリアルなことに驚かされるのです。前半だけで充分素晴らしくも爽快な青春像を描いているのに、なんで血の出るような鋭い痛みを伴うお話に暗転しなければならないのだ、と思えるからです。
ほろ苦い高校生活を描いた白岩玄「野ブタ。をプロデュース」を思い出しますが、こちらはまだ軽い。さすがに米澤穂信「ボトルネック」の、救いようのない絶望感ほど酷くはないのですが・・・。
解説を読むと、元チェリストである作家とこの作品の主人公は重なります。どうみても、作家自身の青春体験を元に、この痛みを書いているとしか思えません。しかもこの小説の視点は、中年になってからの自分。冒頭で現在の境遇を語ってからお話が始まるので、主人公の未来を読者は知ってしまいます。主人公が懸命に努力する場面でも、未来を夢見る場面でも、その未来の自分が登場することで、元の回想シーンに連れ戻されてしまうのです。
二度と戻れない青春。キラキラと輝いていて、世界の舞台で活躍する夢を見ていた自分。人には絶対語りたくない醜い自分。どんな人にも、大人だったら誰でも過ごしてきた青春時代を、清濁交えて描ききった作家に覚悟には頭が下がります。
さらにこの小説では、哲学が深みを加えます。高校の倫社の先生が語るソクラテスやニーチェの哲学は、生意気な高校生である主人公に、決定的な影響を与えるのです。久しぶりに哲学を語ってくれるお話に、僕は喜んだのですが、その苦い結末には驚かされました。このアリストテレスの哲学に関する深い解釈がなかったら、この小説は単なる音楽小説になったのかもしれません。
音楽小説にあまり似合わない本のタイトル「船に乗れ!」の意味も、ニーチェの言葉が出典だと、最後にやっと出てきます。青春時代が、その後の人の生き方や考え方をすべて決めかねない。だけど、その青春まっただ中にいる時は、気がつきもしない。みんな、人生の後半になってから気がつくもんです。そんな苦い人生観を思い起こせてくれる、青春文学の傑作なのです。ぜひお読みください。