美しく、そしてどこまでも詩的な言葉。リリシズム溢れる芳醇な表現は、いつしか読者を小川ワールドに導いてくれる、そんな素敵なお話なのです。

大きくなること、それは悲劇である。そんな思いを胸に少年は、11歳の体のまま、大きくなることを止めた。やがてチェスの才能を開花させ、チェスを指すからくり人形の中にもぐり込み、リトル・アリューヒンとなった。いつしか天才的プレイヤーとして、静かにしかし確実に、奇跡のように美しい棋譜を創り続けていくのだった。

小川洋子の紡ぎ出すお話は、いつも静謐です。名作「博士の愛した数式」、「ブラフマンの埋葬」、「ミーナの行進」どれも、1枚の美しい絵画を観るように、静かな感動を与えてくれます。美しくも哀しくも切ないお話ばかり・・・。

この「猫を抱いて象と泳ぐ」という不思議なタイトルのお話も、自らの意志で成長を止めた、孤独で純粋な若者が主人公。そういえばギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」オスカルも、自らの意志で子供でいることに決めてました。性格は真逆でしたが。
子供が純粋な存在であるというのは神話ですが、純粋な存在である人間が、子供の形をしているのは象徴的です。

それにしても、「博士の愛した数式」で、数学をあそこまで美しく表現できた小川洋子です。チェス盤を広大なる海に変え、そこで奏でられるメロディーをチェスにします。しかも、8×8の盤上の勝負の中、駒の動きだけでプレイヤーの人格を表し、戦いをまるで詩を詠むような表現にしてしまいます。

デパートの屋上で一生を終えた象、壁の間に挟まれてミイラになった少女、太りすぎたためにドアから出られなくなったチェスのマスター。少年の友人たちは、みなひっそりと孤独な存在ばかりです。幽閉された空間の中だけで生きていた少年は、やがてわずか8×8の盤面の世界に、無限の宇宙を感じ取れる「盤下の詩人」となります。

秘密のチェスクラブで、山奥の老人ホームで、人形としてチェスを指し続け、リトル・アリューヒンは決して表舞台には出ませんでした。
すべての言葉が、詩として綴られた極上の寓話を、ぜひみなさんにも堪能していただきたく・・・。