久しぶりの浅田次郎である。浅田は極道作家としてデビューしたが、次第にイメチェンを果たし、直木賞受賞の名作「鉄道屋(ぽっぽや)」で完全に国民的作家の位置を確保した。最近は中国の歴史物を得意としているが、この作品では珍しく、定年間際のサラリーマンが主人公の小説なのだ。

定年まで四年しかない財務官僚・樋口と愚直な自衛官・大友が、天下りした先は、仕事が全くない天国のような職場だった。大物官僚が支配するその職場の古参庶務・立花は、そんな二人に仕事をしないかと持ちかけてきた結果・・・。

浅田のユーモア小説は、職人芸的上手さがあり、確実に面白いのだが、この「ハッピー・リタイアメント」も例外ではない。題材が「天下り」という社会派なのだが、その天下りの実体の、あまりのバカバカしさには笑うしかない。ここで描かれている官僚たちの天下りの様子が、事実に即した話なのか、デフォルメした話なのかは、我が輩には判断できない。ま~天下りなんて、実際にもこんなものだろうとは思っているのだが。だとしたら、とんでもない税金ドロボーだな。

解説にもあるように、安い給料でこき使われる公務員だから、定年間際に大金をせしめていい、とならないのは当たり前だ。政府が様々な規制をして、天下りを無くそうとしても、官僚たちはモグラたたきのように、いくらでも抜け道を作り続けている。いくら借金をしても、絶対につぶれないという確信というか、思いこみがあるようだ。しかしさすがに日本という、かつて世界第2位の経済大国であっても、これだけ巨大な赤字国債を積み上げては、破綻は避けられないだろう。とりあえず、自分が生きている間はそんなことはないはず、という官僚たちが、次世代の子供たちに大きな借金を残すのだ。

この小説の中で、浅田はお得意の歴史を語っている。まあ珍しく戦後経済の歴史なのだが、GHQが立てた経済復興策として、財閥解体がある。その制度の一環で、全国中小企業振興会を創設し、有望な中小企業に対して無担保で融資したというのだ。その戦後政策が生き残り、天下り先として、官僚が歴代確保しているというお話だ。
この設定がリアルなので、話に説得力があり、単なるユーモア小説とは一線を画している。

政策そのものは正しかったはずなのだが、どんな制度も長期間経つと形骸化するもんだ。そして官僚制度という管理システムも、すでに制度疲労を起こしているのかもしれない。戦後の高度経済成長を支えてきた官僚システム。人口減、低成長、巨額赤字の時代になると、官僚システムは保身のための組織へと変貌してしまった。経済成長が続いている時代だったら、余裕があったのかもしれないが、今は誰かが取ったら誰かが払わなければならないゼロサム社会だ。官僚も国民も痛みを分けあう必要があるのだが、定年間際になった高級官僚たちは、既得権を離すわけがない。この小説では、じゃーどうすれば良いか、までは言及しないで終わる。

この「ハッピー・リタイアメント」は、浅田が得意とする自衛官、戦後の歴史、ギャグを織り交ぜ、職人芸的な話術で読者を楽しませるエンターテイメント小説であり、かつ官僚たちの天下りを痛烈に風刺する社会派小説でもあるのだ。