そう言えば、最近時代小説を読んでないなあ。どうせ読むなら最も人気のある藤沢周平、しかも名作誉れ高い「蝉しぐれ」でも読むか、ということでこの長編時代小説を選んでみたのであった。

清流と木立に囲まれた、海坂藩の城下組屋敷。そこに住む少年藩士・文四郎は、お家騒動に巻き込まれて尊敬していた父を失ってしまう。母を支え、様々な忍苦に耐えながらも、文四郎は剣の腕を磨き、着実に成長していくのだった。

いわば、青春小説の時代劇版である。友情、淡い恋、戦い、悩み、ここには若者が遭遇するであろう普遍的な出来事が描かれている。ただし主人公は、江戸時代の藩士なのだ。だから、発表当時は清新な時代小説と評判になったのだろうな。

我が輩は、ほとんど時代小説を読まないので、一般的な時代小説の書き方はそれほど知らない。ま~読まないと言っても、年に1、2冊は読んでいるので50~60冊程度は読んだはずだが、ミステリー、SF等に比べるとほんのわずかだ。それにここ数年だと、宮部みゆき「あかんべえ」等の時代もの 山本兼一「利休にたずねよ」、和田竜「のぼうの城」、高田郁「みをつくし料理帳シリーズ」程度か。畠中恵「しゃばけシリーズ」だとファンタジーだしな。

これらの小説は、みな面白く、娯楽小説として良くできていたと思う。しかし時代小説としては、決して主流ではなく、やはり池波正太郎や藤沢周平の捕物帳とか剣豪小説が主流派なのだろうな。本屋には、大量の時代小説が溢れているので、きっとコアなファンがかなりいるのだろう。

それにしても時代小説には長大なシリーズ物が多い。これらの大長編シリーズには、今までなかなか手が出なかった。我が輩は、読書に関して決して食わず嫌いなどではなく、自他共に認める乱読派だ。ミステリー、SF、文芸物、新書類は当然読むが、ラノベやマンガまでも手を広げている。が、ここからさらにジャンルを広げ、時代小説や海外ミステリー、恋愛小説までは読む余裕がない。
それに、どうも恋愛小説と時代小説というジャンルには、ワンパターンというイメージがあるので、食指が動かなかった。ま~いわゆるポルノ小説も、ベッドから降りない小説と言われているようなので、ワンパターンなのだろうな。よくは知らんけど・・・。

脱線してしまったが、これだけ本屋の棚を占めているということは、時代小説が流行っているのだろう。読者層の高齢化が理由なのか、江戸ブームの延長なのか、社会的閉塞感からの逃避による懐古趣味なのか、ハタマタ戦国武将ブームの余波なのか・・・。
それとも、昔から小説のジャンルの一角を占めているので、安定的なシェアを確保しているだけであり、我が輩が気がつかなかっただけなのだろうかね。

この「蝉しぐれ」を読むと、設定こそ江戸時代の武士が主人公だが、その生き様には共感してしまう。少年から若者へと経験を積みながら変貌していく様は、青春小説の王道だろう。清廉で実直で、責任感溢れる主人公に友人たち、美しくも豊かな自然を背景に、陰謀渦巻く藩の中で過酷な運命に翻弄される物語は、端正な文章で綴られていく。
評価の高い物語とは、このような小説なのだろう。既にお読みになっている読者の方が多いかもしれないが、幸運にも未読なら安心してお薦めできる小説なのであった。