英国最高の文学賞・ブッカー賞を受賞した英国文学。2017年にノーベル文学賞を受賞した、世界的ベストセラー作家であるカズオ・イシグロの1989年の名作である。

第二次大戦前、英国の伝統ある御屋敷で、品格を追求し続ける執事のスティーブンスは、長年の間敬愛するダーリントン卿に仕えてきた。大戦が終結し、やがて御屋敷の主人も代わってしまい、短い休暇をもらったスティーブンスは、昔の女中頭に会いに行く旅に出た。美しい田園風景を巡りながら、過去の栄光の時代を振り返り、自分の人生の過ちに気がついていく・・・

以前から、この世界的に著名な作家の小説を読みたがったのだが、なかなか手が出なかった。最近は外国文学を滅多に読まなくなってしまったのは、国内に優れた小説家が多く、世界的ベストセラーでも読む余裕がないからだと言うのは、ま~言い訳か。

とにかく、この長編小説はタイトルが表すように、残り少なくなった人生を回顧した郷愁あふるる物語だ。同時に、欧州の伝統的貴族文化、緊迫していく国際政治情勢、のどかな田舎町の人情や風習などなど、「異国情緒」を十二分堪能出来る小説でもある。

最初は、ゆったりと話が進み退屈な話かと思ったのだが、読み進めていくと意外に面白い。時代背景や文化風習が、現代日本とはまったく異なるが、主人公の独白による語りは丁寧で、執事の職務内容や広大な御屋敷で繰り広げられる政争が興味深い。

しかし、やはり物語の白眉は、生真面目に禁欲的に愚直に、ダーリントン卿に仕えてきた老執事が、完璧だったはずの自分の人生を回顧し、重大な過ちがあったことに今更ながら気がつくシーンだろう。あまりに自分の職務に忠実であろうとした結果、趣味も持たず、親の死に目にも遇えず、独身を貫き、自らの人生を棒に振ったのではないか、と疑ってしまうのだ。

それにしても英国人の職業倫理観が、これほどまでに誇り高かったとは知らなかった。言ってみれば、日本の時代小説でお馴染みの武士道と同じ。読後感は、浅田次郎の名作「鉄道員(ぽっぽや)」に通じる深い感情なのだ。文化的背景が大きく異なるはずの日本人と英国人。それでも、同じ感性を持つ人間であることに改めて驚いてしまう。もしかしたら、作者は武士道的日本人の感覚を、この英国文学に込めたのだろうか・・・

人は老境に達すると、未来を想うより過去を振り返るようになる。完璧な人生なんぞありえないのだが、思い出は常に美しく輝かしいもの。辛い過ちは思い出したくもないはずだ。誇り高きスティーブンスは、完璧な人格者で孤高の貴族であるはずのダーリントン卿が、実は単なるお人好しの世間知らずだったのかもしれないことに薄々気がついてしまう。それでも、そんなことは心の奥深くしまいこみ、再び前を向こうとする姿に、人は感動を覚えるのだろう。

長い歴史と伝統を誇る英国文学界で、金字塔ともいえる文学賞を受賞した作品が、栄華を誇った英国の斜陽を端正に描いた小説で、しかも作者が(元)日本人なのは、おおいなる歴史の皮肉のようにも思えたのは、私だけだろうか・・・

とにかく、風格の香り漂う、万人にお薦めの長編小説なのです。