伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」★★★★

流行の伊坂幸太郎である。「吉川英治文学新人賞」受賞作なのである。「このミス」でも上位だがこれは当てにはならない。しかしこれがまたなかなかに面白かった。この作家は『オーディボンの祈り』、『ラッシュライフ』、『重力ピエロ』など、奇妙だが不思議な魅力のある作品を書いてきており、新作が出るとどうしても気になってしまう作家の一人なのだ。
お話は、引っ越してきたばかりの学生に、黒ずくめの青年が初対面なのにいきなり本屋強盗を持ちかけてくる場面から始まる。おかしな話にいつのまにかのせられた学生は、2年前に発生した悲惨な事件の幕切れに、立ち会ってしまうことになる。現在の主人公のお話と過去の女性のお話が交互に語られ、次第に奇妙な事件の全体像が明らかになっていく・・・
この作品も伊坂幸太郎お得意の軽妙で洒落た語り口で暗いお話が軽快に進み、やがて物悲しくも余韻のある結末を迎える、いつもながらのパターンなのである。が、それにしても毎回その文章センスの良さには感心する。また、ペット殺しに対する怒りや日本人のアジア人に対する無意識の差別意識など、鋭敏な倫理観もこの若い作家は優れているのだが、やはりその才能は登場人物たちの「おしゃべり」に最も表れていると思う。会話のセンスというものは、その時代をまさに今生きている人しかつかめないはず。
かつて庄司薫が『赤頭巾ちゃん気をつけて』で、「僕」の一人称による軽いおしゃべり感覚の文学でデビューし、60年代の古めかしい文学界に清新な風を吹き込んだ事があった。今ではこのおしゃべり感覚に近い小説はごく一般的になり、というか当たり前になり、軽妙でセンスのある会話を描ける作家が多数いるようになった。その中でもこの伊坂幸太郎は、登場する人物たちの会話が一見今時の軽薄なおしゃべりのようだが、したたかに計算されたウィットで溢れ、かつシャープな感覚なのがよい。実は深刻なテーマを持っているのだが、重さを感じさせない奇妙な浮遊感覚で失踪していく伊坂幸太郎からは、目が離せないのである。