サミュエル・ハンチントン「文明の衝突と21世紀の日本」★★★★ 集英社新書 205

この新書は、1993年に発表され世界的ベストセラーとなった名著「文明の衝突」の日本人向けのお手軽な企画本である。オリジナルの本を読んでいないのであまり偉そうな事は言えないのだが、解説によると難解であったハンチントン理論の本質を、噛み砕いて容易に理解できる形で再構成しているそうである。事実、文明という言葉を駆使することで、複雑怪奇な国際社会を読み解くための枠組みを、非常に分かりやすく示しており、しかも内容的には今後の日本の国際的役割について、非常に重大な考え方が書いてある。
この本は、1993年発表の「文明の衝突」からの抜粋、1998年の東京講演の内容、1999年発表の論文「孤独な超大国」で構成されている。内容としてはまず、冷戦時代の2大超大国の世界政治と、その後に出現しつつある1極多極体制とでもいえるパワーバランスの変化の構造を示している。このあたりはま~分かりやすいというか、結果が出てから事実を整理しただけであり、莫大な情報量を基にした労作という感じである。
しかし、この日本講演の章の最後に、現存する世界文明(中国、日本、インド、イスラム、西欧、東欧正教会、ラテンアメリカ、アフリカ)の中でも、日本文明は孤立して特異である、と述べている。そして世界から孤立しているが故に、昔から世界最強国に追従する外交方針を採ってきた、とある。確かにその通り。ごもっともなのである。島国であり国際紛争に巻き込まれたくも無い日本が、それこそ『文明の衝突』の時代にどのような外交方針を採るべきか、重大な指針がここにある。
次の章では『孤独な超大国』としてのアメリカの国家戦略を示している。露骨な覇権主義をアメリカが貫くと、かえって反アメリカ同盟が結成されて国際社会からますます孤立してしまうと、アメリカ人の学者にしては実に冷静で謙虚な提言をしている。そう言えばこのアメリカの国家戦略を読んでみて、その昔の1970年に出版され我輩が学生時代に読んだ小松左京の短編「三本腕の男」を思い出してしまった。 というのも、国家戦略とやらは地政学的見地から考えるものだということを、我輩は小松左京から学んだのだ。このSF短編は大昔に読んだのであまり覚えてはいないのだが、たしか人の目を見つめると、相手が思っていることを何でもしゃべってしまう能力の持ち主が主人公。この主人公が、米軍の国家戦略立案責任者から、アメリカの国家戦略を聞き出すという趣向で、この時初めて国の戦略を決める際には、地政学的レベルつまりアメリカやソ連など各国の地理的位置関係やその大きさが重要な条件であることを理解することができたのだ。小松左京は「歴史と文明の旅」という著書を書く際に世界中を旅したのだが、様々な文明に接することでこの地政学的センスを持ったようだ。肝心の米軍の国家戦略の具体的内容を覚えていないのが残念なのだが、このあまりにもスケールの大きな話に感心した覚えがある。
話を元に戻して、最後の章は「文明の衝突」のエッセンス。米ソ冷戦後に世界各地で勃発する紛争は、それまでの国家間の戦争とは構造が異なり、民族や宗教、文化をベースにした国家横断的な、いわば『文明』どうしの衝突になる、という理論である。この理論の衝撃的なところは、発表された1993年がまだベルリンの壁が崩壊して東西ドイツが統一された直後であり、漠然とやっとこれで世界平和の時代がやってくるのかと感じていた時代に、大御所の政治学者が予見的先鋭的な理論を出版したところにある。事実、90年代になるとますます紛争やテロが頻発する時代となってしまっているが、この理論を基にすると実に上手に説明ができてしまうのである。この新書の出版は2000年なので、そこからさらに7年も経っているのだが、未だにというかさらに加速しつつある国際紛争を理解するうえで、この『文明の衝突』の考え方は現代人にとって必須の教養なのである。