宮部みゆき「あかんべえ」 ★★★★

久しぶりの「宮部みゆき」人情時代長編である。『理由』でがっかりしたので、またしばらく「宮部みゆき」から遠ざかっていたのだが、名作『ぼんくら』以来の時代物なので、読まずにはいられない。しかも、これがまた期待を裏切らない傑作なのである。
江戸の深川にある料理屋に、5人の亡者が迷っていた。美男の若侍、あかんべえする少女、艶っぽい御姐さん、按摩のじいさん、刀を振り回すおどろ髪の武士。料理屋の娘「おりん」はその亡者達と心を通わし、30数年前に起こった忌まわしい事件の因縁を解きほどくことで、亡者達を成仏させようと健気にも活躍するのだが・・・、というお話。
「宮部みゆき」お得意の江戸情緒満載人情ミステリーなのだが、怪奇談の割にはホラーには程遠く、ファンタジーに近いお話。ミステリーとしては、昔どんな事件が起きてどうして亡者が成仏できないかという謎と、どうして亡者が見える人と見えない人がいるのかという謎がある。が、まあこの亡者が見える見えないあたりはファンタジーなのだから、無理やり理屈をつけなくとも良さそうな気もするのだが、さすがにミステリー作家は律儀なものである。わずか12歳の寺子屋にも通っていない少女に、見事なロジカルシンキングをさせて解決させている。

何はともあれ、このお話は感動の人情ものなので、そんな屁理屈は瑣末なこと。自ら置かれた困難な状況に対して勇気を出して知恵を絞り、健気にも立ち向かう「おりん」の姿に素直に感動させられてしまうのである。さらに、善人対悪人といった単純な図式でもなく、善人でも大人は皆どこかで穢れ(ケガレ)を持っており、極悪人でもどこかに良心の片鱗を残しているので、あまりにも素直で穢れの無い「おりん」の健気さが際立ってくる。この人物描写の陰影の深さが、この作品を味わい深いものにしているのであろう。
この少女の視点から語られたお話は、読者に対して人情や健気さといった素朴な感情を、あらためて思い起こさせてくれる。人の世は、いつの時代においても清濁合い交えているものであり、だからこそこのような素直な心根を持つことで、邪悪なものに対峙する事ができるのだ、と作者は言いたいのであろう。ラストの大立ち回りは涙無しでは読めず、人の業の深さを感じさせてくれるシーンである。時代ものに慣れていない読者でも非常にとっつきやすく、読みやすい小説なので、お薦めなのである。