小川洋子「物語の役割」★★★★ ちくまプリマー新書

名作『博士の愛した数式』の作者が、物語をどのようにして創作していくのか、その秘密を明かしてくれる貴重な本である。作家達はいったいどのようにして様々な物語を紡ぎだしていくのか、我輩にとって昔からの謎だったのだが、その一端を垣間見れたことはとっても嬉しかった。
この新書は、3箇所の講演会での記録をまとめた短いものなのだが、平易な語り口で物語の果たす役割や、作家の創作現場の具体的な手法などを惜しげもなく述べてくれている。我輩はバリバリ理系なので、文学部では一般的にこのような具体的な小説作成技法を教えているのかどうかは知らない。実際には作家の人数分だけその創作技法の種類があるのだろうが、それにしてもある場面(シーン)をイメージしてから物語を創り出していくとは面白い。テーマや書きたいことがあってから書き出すのではなく、特定のイメージが湧き出し、そこからお話を膨らましていくのだそうだ。やはりというか小川洋子の小説ならそうだろうな、という印象である。
ミステリーなら最初にトリックありきだろうし、冒険小説なら最初の段階で綿密にプロットを組み立てるはず。しかし一般的な小説なら、それこそ登場人物達が勝手に物語を動かし、作家はその記録をしているだけ、と言っていることは分からない訳ではない。
以前このブログのどこかに書いた気がするが、中学や高校時代の現代国語で読解力テストがよくあった。小説の一部を読ませ、「この作者は何を言いたいのか?」とか、「この小説のテーマは何か?」とか、そんなくだらない問題がよくあった。我輩は昔からへそ曲がりだったので、「作者が考えていたことではなく、問題作成者がどんな答えを期待しているのかだろ!」といつも思っていたものだった。なので問題を作っている先生のレベルにあった回答をしてたので、いつも国語は成績が良かったのだ。ま~単なる自慢話なのだが・・・・
とにかく我輩は小学生の時代から大量の本を読んでいたので、小説というものは特定のテーマを持って書かれているわけではなく、読者の方がその小説からテーマ、意味をその読者のレベルに応じて見出すものだと漠然とだが感じていたのだ。
かなり前に、たしか筒井康隆の小説が国語の入試問題に使われ、その解答としてあげられた答えに、筒井が激怒していたことがあった。ようするに作家自身が考えたことも無いことが、「小説の主題」として解答になっていたのである。今でもこんなバカな問題が作られているかどうかは知らないが、小説の読み方も知らない教員が国語を教えていること自体がおかしなことである。
話が逸れてしまったが、作家自身から物語の創作秘話を語ってくれたことで、大昔から気になっていたことがこれで氷解した。物語は、読む人が100人いたら100通りの読み方があり、物語の意味も解釈も100通りあるのだ。そう、そうだからこそ、今まさに書いているような、このブログの存在価値もあるというものである。他の人の書いた書評ブログもタマに覗いてみるのだが、それこそ千差万別、多種多様、諸説紛々、いろんな見方があるものである。だから小説は物語は面白い。これからもドンドン励んで読んでいこう、と思わせてくれた新書なのであった。