小池真理子「薔薇船」★★★ ハヤカワ文庫

そういえば、2006年下半期の我輩のベストは小池真理子の『恋』であった。この『薔薇船』は、直木賞受賞作でもある『恋』と同時期に書いた、美しくも幻想的な短編集なのである。
全部で6編。妾宅で女中として働いていた老女を久しぶりに訪ねた女性が遭遇する、幻想的な出来事を静謐に描く『鬼灯(ほおずき)』、モーツァルト好きの老紳士に慕われた青年の恐怖を描いた『ロマンス』、耽美派で異端の作家に魅せられ、鮮血のイメージに囚われた女性の運命を官能的に描いた『薔薇船』、輪廻転生を信じていた兄を交通事故で失った妹が、兄の生まれ変わりを信じたことで出会った恐怖の『首』、小学生の夏祭りの時に目撃した事件で、生涯夏祭りに行けなくなった女性の話『夏祭り』、若い頃に死んだ女の夢を最近見るようになった中年男は、やがて異形の恋に引きづられる『彼方へ』。
ミステリー作家として地位を固め、恋愛小説としても名手である作者は、その強烈な美意識で魅惑的な世界へと読者を引き込んでくれる。ミステリー出身で、同じ幻想的な作風で知られる女流作家「恩田陸」との違いは、この美意識の違いにあるように思う。世代の相違だろうか、小池真理子の小説には団塊世代特有のこだわり、ポリシーをいたるところで感じてしまうのである。
例えば、我輩が最も気に入っている『鬼灯』。この古風で物悲しい短編では、今では死語だが一昔前だったら珍しくも無い父親の妾宅を、心の拠りどころにしている女性が主人公である。妾の方は、それこそ世界の中心は旦那様であり、ある意味純愛だけで生活している稀有なほど純真な存在なのである。主人公は、義母よりはるかに優しいその妾を慕い、さらにその女中とも仲良しになる。
このお話では、父親であり夫であり旦那様である一人の男を巡り、妻や娘、妾、その女中らが、ひたすらその男に、ただの一抹の愛情を受けるべく尽くすのである。そしてその男の死後、女性達のそれぞれの運命を、幻想的なエピソードで描写していく。社会的にはつまはじきの存在である「妾」を、純愛に生きた存在として描写する筆づかいは優しく、異界においてもその愛情は変わりないのである。それほどまでに愛情とは強く、尊いものだと著者は語っているようにも思える。男にとって、それは怖いとも言えるのだが・・・。