2006年のベストセラー「ウェブ進化論」から、はや2年、久しぶりに読んだ新書が、これがまたまた梅田望夫であった。さすが期待に違わず、読みがいのある本である。「ウェブ進化論」、「ウェブ人間論」と立て続けに画期的Web論を上梓して、一躍時の人になった著者だが、今回は意外にもWeb時代を生き抜くための人生論ときた。
現代は、江戸から明治への移行期に匹敵する、時代の大きな変わり目にある。Webという「学習の高速道路」によって、まったく新しい職業の可能性がひらかれてきた、と著者は主張する。食べていけるだけのお金を稼ぎつつ、「好き」を貫いて知的に生きることは可能なのか。この混沌として面白い時代に、少しでも「見晴らしのいい場所」に立ち、より多くの自由を手にするためにはどのように生きるべきか。オプティミズムに貫かれ、リアリズムに裏打ちされた、仕事論・人生論なのである。「ウェブ進化論」の完結篇だそうである。
「ウェブ人間論」の我輩の書評の中で、グーグルを筆頭とするあまりにもノーテンキなエンジニア達に、Web進化を任せておくのは心配だ、と書いた。しかしこの著者である梅田望夫は、自身がオプティミズムの姿勢を貫くことを信条とする、とまで言い切っているぐらいなので、インターネットの将来をまったく心配なんかはしていないのだ。ま~前作を上梓後にいろいろと言われたであろうが、それにしても、こうまで言い切ってしまうのだから大したもんである。なんかアダム・スミスの「神の手」が、Web進化においても存在すると信じ、最後は人間の善意が勝つ、と言っているようである。別にオプティミズムが悪いと思っているわけではない。我輩も基本的には楽観主義者を自負しているのだ。混沌(カオス)の時代だからこそ、オプティミズムでないとやってらんないのも確かである。著者は、人間の知的好奇心や向上意欲を盲目的に信じることで、ホットイテもWeb世界は正しく進化すると言っているようなのだ。
我輩も、まさかあのビルゲイツが引退した後に、年間30億ドル以上使って「世界の不平等の是正に取り組む新しい仕事につく」、などとは想像だにしていなかった。人間、変われば変わるものである。ビル・ゲイツの行動や、グーグルが「世界中の情報をすべて整理し尽す」と掲げたビジョンを見れば、確かにWebの将来を信じても良いように思えてもくる。そうなると、この本で言っているように、ITリテラシーを身に付け知的好奇心が高ければ、好きなことをしてるだけで飯が食える時代が、本当にやってくるのかもしれない。しかし、好きなことだけして、とりあえず暮らせる時代というものは、果たして良い時代なのだろうか。
ワーキングプアまで話が飛んでしまうが、最近話題になった「搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!」の著者は、バイク便のライダー達はバイク好きだからという理由だけで、歩合制で働かせられても搾取されていることにすら気がつかない、と告発している。好きで仕事しているのだから低賃金でもいいんだろう、という扱いは、介護業界やアニメ業界だけでなく、ソフトウェア業界も同様であろう。もしかするとWeb2.0の世界も同じで、趣味の延長で仕事を選択すると、低賃金に甘んじてしまう恐れは常にあるのだ。オープンソース・コミュニティへの参画とワーキングプアを同じ扱いにするな、と怒られそうだが、なんか構造的に同じようにも思えてくるのは我輩だけだろうか。
知的財産をネットを介して全世界で共有化できる現代を、将棋の羽生が「学習の高速道路と大渋滞」という概念で説明したことは、非常に面白く直感的に分かりやすい話である。しかし、その大渋滞を抜けることが出来るのは、ごく一部の勝者トップアスリートだけなのも事実。機会が均等になればなるほど、弱肉強食が進むのが厳然たる現実なのだ。そこで梅田は、トップアスリートでないなら高速道路を降りて「けもの道」を進むことを勧めており、その際に重要な資質は、進取の気性、積極性、広い問題意識、コミュニケーション能力などを挙げている。ま~確かにそうなのであろう。だいたいこんな本を読むような若者なら、敗者であるわけが無く、こんな親切なガイドまであるのだから、ますます有利な立場に自分のコマを進められるはず。まさに「知は力なり」を証明できる、Web時代における人生の指針書なのだ。