「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉が死語になって久しい。それどころか『歌謡曲』という言葉さえ死にかけている。やはりこれらの言葉は、昭和という時代に相応しかったのだろう。この阿久悠という歌謡界における怪物は、昭和という激動の時代の最後のあだ花を咲かせた作詞家として、後世にまでなお残すのであろう。『Jポップス』では平成を表す言葉になりえないが、昭和は明らかに『歌謡曲の時代』であった。この産経新聞に連載されたエッセイは、「ペッパー警部」「また遭う日まで」「津軽海峡・冬景色」「勝手にしやがれ」など、5千曲もの膨大な作品群の中から、99曲のタイトルを選び、それにまつわるエピソードを書いたものである。1エッセイがわずか2頁半しかないので食い足りない感じがするが、その時代を見事に印した歌詞から想起される世界は、我輩の世代にとってまさに感涙ものなのである。
単なるエッセイなどではない。昭和という時代を担ぎ、ロック、フォークソング、演歌、童謡、ありとあらゆるジャンルを飲み込んで『歌謡曲』に仕立ててしまう職人が、季節感の喪失やミーイズムの歌を憂い、日本人としての心意気を謳ったものなのだ。阿久悠は言う、『昭和が世間を語ったのに、平成では自分だけを語っている』と。フォークソングから始まったシンガーソングライターの潮流は、曲ぐらい自分で書けなければ歌手にあらず、という雰囲気を作り出してしまった。なので、シロートに毛の生えたようなレベルの詞でも、メロディが良ければ売れてしまう時代になってしまったのだ。そのメロディでさえ、カラオケで歌えなければ売れないので、簡単な曲ばかりになってしまう。よ~するに平成は、本物のプロ作曲家とプロ作詞家が、プロ歌手の為に高度な歌を書くのが不要の時代なのであろう。このエッセイ集は、そんな過ぎ去りし昭和への鎮魂歌なのだ。