ニコチアナとは、タバコ属植物の総称なのだそうだ。この『ニコチアナ』という小説は、「タバコ」という酒と並ぶ人類最強のドラッグを主役に据えた稀有な小説なのである。『夏のロケット』、『リスクテイカー』、『The S.O.U.P.』、『竜とわれらの時代』、『せちやん 星を聴く人』と傑作、名作を連発する、我輩大のお気に入りである「川端裕人」が、タバコという難敵をどのように料理したのかが、最大の楽しみなのであった。
結論から言おう、傑作である。壮大な文明論が展開される傑作なのである。ぜひ読んでもらいたい。喫煙者であろうと嫌煙論者であろうと、関係なくお薦めできる。ヘビーな嫌煙論者である我輩は、実は大好きな川端が喫煙を容認するような小説を書いたら、どうしようかと危惧をしていたのだ。幸いなことに川端は、見事なまでに客観的立場で、タバコの人類に対する立ち位置を描いてみせている。
無煙タバコを開発した日本の会社の社員メイは、提携先である米国タバコ会社とニューヨークで新製品の発表会を開催した。だが会場でニコチンテロが発生。メイは無煙タバコの特許を有する人物を捜し求めるため、タバコの歴史を紐解きながら、大陸横断の旅に出る。その時、世界のタバコ畑では、謎の病気流行だしていたのだった・・・。
粗筋では、とてもとてもこの小説の魅力は表現できない。タバコ産業の巨大な利権をめぐる争い、喫煙派対非喫煙派の過激な対立、西洋文明とタバコの持つ呪術的歴史との対立、西洋文明の代表であるアメリカにおいて、人種と文明の「るつぼ」であるアメリカにおいて、呪術的世界が反撃を開始するのだ。
ここにはタバコに関する莫大な情報、薀蓄が詰め込まれている。川端小説の特色として情報量の多さがあげられるのだが、タバコという分かっているようで、実はまったく分かっていない公認ドラッグの歴史と知識が詰め込まれているのだ。かつて古代マヤ文明の神聖な儀式であった喫煙という文化は、西洋文明が紙巻タバコに変え、第二次世界大戦中に全兵士に配ることで、大量に世界中にバラ撒かれ、多大なニコチン中毒者を生み出した。これは、西洋文明に侵略され抹殺されてきた南米文明の怨嗟が、タバコというドラッグで西洋文明を静かに犯しているのだ、という解釈はユニークで秀抜。西洋対非西洋という単純な図式ではなく、近代的科学観が魔術的世界観を打ち破る話でもない。科学と魔法が生み出す稀有なお話なのである。