第一巻「闇の花道」、第二巻「残侠」、第三巻「初湯千両」

これはもう、誰がなんと言っても傑作なのだ。愉快な極道もの『プリズンホテル』を今年読み、浅田次郎を再発見できたことはとてもラッキーなことだった。なにせ、浅田次郎が自ら代表作と言っている、この『天切り松 闇がたり』を手にすることができたのだから。そして、期待通りに見事にハマッテしまったのだ!
大正ロマン華やかなりし時代、天下のお宝だけを狙い、貧しい人々には救いの手をさしのべる義賊「目細の安吉」一家がいた。義理と人情に命を賭け、粋でいなせな怪盗たちの胸のすく大活躍。安吉一家の生き残りの老人・松蔵が、獄中で六尺四方にしか届かないという「闇がたり」を用い、生き生きと現代に蘇らせる、そんな短編シリーズなのだ。
何が良いって、生粋の江戸っ子が語る江戸弁が気持ち良い。江戸から明治に移り、やがて華やかな大正時代の幕開けの頃、まだまだ東京には江戸の情緒が残っていた。「ちょんまげ」を結っていた江戸時代は、はるか昔のイメージがあるが、たった140年ほど前のこと。我輩の祖母は102歳で大往生したのだが、祖母たちが子供のころの時代は、まだそこかしこに江戸が息づいていたはず。ましてや大正から昭和にかけての時代なら、江戸時代に生まれ育った人なんぞ、まだまだ普通に暮らしていたはず。そんな時代だからこそ、江戸弁の啖呵がよく似合う。「こちとらまだ盗人の施しを受けるほど老いぼれちゃあいねえ。また大川にほっぽっちまうだけだぜ。親にくれる銭があったらよ、吉原にでも繰り出して男を磨いてきやがれ、このうすらとんかち」(百万石の甍より)
この『天切り松シリーズ』には『天切り松・読本』というガイドブックの文庫まである。コアなファンが大勢いるのだろうが、我輩も思わず見つけたときには素早く買ってしまった。このガイドブックが、これまた良くできており、物語の舞台である帝都東京や登場人物の紹介。当然歴史的背景の解説はあるが、さらに物語に良く出てくるグルメ案内まであり、如何に作者が当時を入念に調べ上げていたのかが分かる。
ま~何事も過ぎてしまえば、昔は良かったの昔話に大抵はなってしまうのだが、それにしても戦前というと、どうしても大東亜戦争に突き進んでいく、暗く耐久生活に耐え忍んだ生活のイメージがある。しかし実際には、この小説に描かれているように、大正から昭和初期にかけての十数年間は、モガ・モボが出現したように自由で華やかな時代だったようだ。つまり映画を通じて輸入されつつある陽気なアメリカ風俗と、粋でいなせな江戸文化が混在する、華麗で不思議な時代を背景に、この小説は成り立っているのだ。否、作家・浅田次郎にとっては、この時代そのものが主役であり、登場人物はあくまで脇役にしかすぎないのであろう。それほどまでに、この時代の雰囲気を見事に活写している。読者がこの時代にあこがれてしまうほどにだ。
我輩がお気に入りの話に、『白縫華魁』がある。松蔵の姉が父親の博打の借金のかたに吉原に売られ、華魁(おいらん)になった末の悲劇。感涙ものの話も素晴らしいのだが、吉原の廓で繰り広げられる絢爛豪華な華魁道中の描写が特に素晴らしい。悲劇を背負った華魁が、そのプライドを高く掲げ颯爽と練り歩く様は圧巻だ。単なるパレードではなく、自由を渇望し、ほんの僅かな望みを胸の奥底に秘めながら、華魁としての虚栄と意地を貫くための、一世一代のお披露目なのだ。世界のどこに、娼窟を華麗な文化にまで昇華してしまった国があっただろうか。あらためて日本古来の伝統と文化を、今の世に再認識させてくれるこれらのお話は、日本人にとって必読の書なのである。