いや~いいですな~。さすが浅田次郎は上手い!と言わせてしまう、傑作歴史ミステリーの長編。
帝国陸軍がマッカーサーより奪い、終戦直前に隠したという時価200兆円の財宝。老人が死ぬ間際に遺した手帳には、隠された驚くべき真実が書かれてあった。財宝に関わったため、人生を狂わせられた人、死んでいった人々の姿に涙する感動の力作なのだ。
財宝の秘密が書かれた謎の手帳。物語はここから始まるが、財宝を探し出すトレジャーハンターの冒険活劇などではない。話は意外にも、戦中から戦後にかけての秘話を語っていくのだ。現代の話と戦時中の話が錯綜しながら、国家予算規模の財宝を、米軍から秘密裏に隠そうとする将校たちの活躍が中心となる。
それにしても戦後生まれの浅田次郎が描く、太平洋戦争末期の人たちは、何と真摯に生きていたのだろうか。戦争の愚を承知の上、それでも国を守らんとし最善を尽くす。そんな将校や軍人たちと、不運にも作戦に巻き込まれ、悲惨な最期を遂げる女学生達。ミステリーやエンターテイメントの形式を装いながらも。浅田次郎は太平洋戦争時代の国民の姿を実にリアルに描き出している。そして終戦直後に降り立ったマッカーサー像も、かなり人間臭く描かれているのだ。莫大な資料を読み込み、多数のインタビューをしたからこそ、これほど生き生きとした人物描写ができるのだろう。この傑作を、あの「きんぴか」や「プリズンホテル」を書いていた極道作家が書き上げたのだから、画期的なのだ。
しかし、戦後生まれの作家が描く戦争物語は、なぜこうも軍人の心情が理解し易くなるののだろうか。福井晴敏の傑作戦争巨編『終戦のローレライ』でも、多数の軍人たちが描かれていたが、この作品で初めて軍人の心情を理解できた気がした。それまで読んできた戦争ものでは、決してその行動や心情は理解できるものではなかった。これは、おそらくあまりにも強烈な実体験が、身に染み込んでいる戦前生まれの作家たちには、頭でっかちの戦後世代を納得させる軍人像を、理屈では造れなかったのだろう。それに対して戦後生まれの作家だと、所詮本物の軍人に会ったこともないので、資料などを元に軍人のイメージを造形し、その行動原理を頭で考えて作るので、かえって今時の読者にとって分かりやすいのだろうか。つまり、作家自身が納得できる人物像なので、読者も共感を得られやすいのかもしれない。理不尽で強烈な実体験をしてきた戦前の作家は、その感覚のままリアルに戦争を描くので、理不尽のままの軍人像となってしまうのだろうか。
ま~これらは勝手な想像なのだが、我輩にはそんな程度しか思いつかない。逆に言うと、そのくらいこの作品に登場する戦時中の人物たちの心情に、我輩は共感してしまったのだ。それどころか、現代のパートの登場人物達の方は、かえってその行動が理解できないような描かれ方をしているようにさえ見えてしまう。
浅田次郎は、自衛隊の入隊経験があるという稀有な経歴を持った作家なので、もちろんその経験から軍人の行動原理を会得しているという理由もあるだろう。それにしても、浅田の持つ豊かな想像力の賜物を読める我々は、何と素晴らしいだろうか。