京極なのである。なにせ分厚い。さすがに1冊で1300頁以上ある文庫版を買う気は起きなかった。電車でこの厚さの本を抱えるのはちと辛いものがあるので、分冊版を買ってしまったのだ。分冊版の方が総額で高いので、出版社の思惑にはめられた感があるが、京極なのでしかたがない。
ところで今回の主役は、毒薬。”邪魅の雫”と称し、凶器が人を操り人を殺めるというのだ。
江戸川、大磯で毒殺事件が発生した。その関連性を調査していた青木巡査は、被害者が探偵の榎木津の縁談相手の妹だったと気がつく。続いて平塚でも毒殺死体が発見され、連続殺人の様相を示し始めた。終わりの見えない連鎖殺人の中で、榎木津との関連性も見えない中、次々と容疑者が殺されていくのだった・・・。
「京極小説」とでも言うべき、独自ミステリーの特徴の一つに、謎の荒唐無稽さがある。数百日もの間はらんだままの胎児とか、人間消失とか、どこか異様な謎が中心にある。それが今回は薄い。延々と犯人とおぼしき人物の独白・モノローグが続くのだが、陰陰鬱鬱としたその語りだけで、京極ワールドに読者を引き込もうとしている。今までもこのようなパターンがあったが、その場合は、京極の博覧強記ぶりを発揮し、ひたすら蘊蓄を傾けた話題を開陳していた。
この『邪魅の雫』では、この部分でも弱い。『鉄鼠の檻』における卓越した禅の解釈、『狂骨の夢』での精神医学の歴史、『塗仏の宴』での妖怪談義、『陰摩羅鬼の瑕』での儒学・朱子学等々・・・。あるテーマに関して、専門家が唸るような鋭い見解を、小説の中の登場人物に語らせ、それが「京極小説」の最大の魅力だった。我が輩もそこが読みたくて、長大な小説を苦労して読んできたのだが、今回はその部分がまったく足りないのだ。
もちろん時々ハットするような見解も確かにある。「小説と書評に関する関係性」とかは面白いというか、小説家としての意見としてありがたく拝聴できた。また、帝銀事件や石井部隊等の史実を織り交ぜたり、ラストの100頁を使って、事件とは関係のない柳田国男の民族学を引き合いに出し「昔話と伝説、歴史の違いについて」を論じるあたりは面目躍如たるものはある。しかし、これではいかんせん少ないのだ。膨大な文章量のほんの一部でしかない。ま~ファンというものは贅沢なもんで、常に前作を越えて欲しいものなのだ。フツーの小説家だったら、ストーリーと直接関係しない話題を、世間話と称して100頁も書かない。しかしそこは「京極小説」なので、無ければ読者に怒られてしまうのだ。
★★では厳しいかもしれないが、いつもの大長編の割には、謎も蘊蓄も物足りなさを感じてしまったのだった。