ユニークなラブコメ・ファンタジーで大人気・森見富美彦の新作短編集。最近は、朝日新聞の夕刊に『聖なる怠け者の冒険』という連載小説まで始めるほどメジャーになってしまったのだ。今回も舞台はいつもの京都だが、意外なことに「奇譚集」なのだ。
古道具屋でアルバイトしていた青年が、奇妙な古屋敷を訪れると、そこには異様な老人が待ち受けていた。そこで起きた怪異とは・・「きつねのはなし」
本好きの先輩の下宿に入り浸り、先輩の愉快な経験談を聞くのが好きだった学生は、やがてある事に気づく。「果実の中の龍」
高校生の家庭教師をしていた私は、深夜に何度も奇妙なケモノに出会い、やがて・・・「魔」
祖父の通夜の晩、男たちで酒宴をしていると深夜”家宝”を携えた女が現れた。「水神」
どれも京都を舞台にし、大学生が主人公の作品ばかり。その点では、デビュー作「太陽の塔」「四畳半神話大系」から大人気「夜は短し歩けよ乙女」まで、今まで読んできた森見の過去の作品は、すべて同じ舞台設定である。ま~森見はまだ20代だし、京都の学生だったので、その方が書きやすいのだろう。また、千年の都である京都は、その存在自体が幽玄な雰囲気を醸し出し、絶好な舞台を演出してくれるのも理由のはず。
さらに、この京都を舞台の中心に据えて、活躍しているメジャーな現代作家は、意外なことに少ないことも、計算しているのかもしれない。最近流行の「万城目学」ぐらいしかパッとは思いつかないし。もちろん、京都を舞台にした作品は数多くあるのだが、住んでなければ分からない事細かな街の描写や妖しげな空気感は、在住の作家の方がさすがに強い。
それにしても森見が怪奇譚ときたか。森見ファンである我が輩としては、森見にはもちろん「ラブコメ・ファンタジー」を期待していた。なので、読み初めてみて、二度ビックリ。ラブコメの対局のような「奇譚集」だったことと、「森見体」とでも言いたくなるほどユニークで楽しい文体が影を潜め、折り目正しい端正な文体で書かれていたことだ。
奇譚集と言っても乙一のようなホラー系とは異なり、京極の怪談話ほど怖くもない。村上春樹『東京奇譚集』のようにスタイリッシュではないが、荻原浩の『押入れのちよ』ほど後味は悪くはない。ごく良くできた怪談なのだ。ま~森見にとっては、ラブコメ作家のラベルを貼られそうだったので、そこから脱却しようとしたのだろう。デビュー四作目なので、作家としての幅を示すべき時期だったはず。極道作家としてデビューした浅田次郎も確か四作目辺りで『日輪の遺産』という歴史サスペンス巨編を発表することで、作家としての力量を誇示していた。
ま~これは我が輩の勝手な想像だが、森見はまだまだ前途有望な若手作家なので、出版社のベテラン編集者がつき、上手く方向性を誘導してくれているのかもしれない。もしそうなら益々バラエティに富んだ作品が生まれてきそうだ。しかしデビューからの森見ファンとしては、やはり可愛らしくもファンタスティックなラブコメ路線は今後も踏襲して欲しいもんだ。そうしてくれないと、あの大好きな「森見体」の文章に出会う機会が無くなってしまうからだ。直木賞に色気を見せずに、ひたすらアホなラブコメを期待している我儘な我輩であった。