「草食系男子」という言葉も、今では定着した感がある。昨年あたりから流行りだし、今年になってからは、日常的にも使われるようになってきている。我が輩も日経BPオンラインのこのコラムを読んでいたのだが、「草食男子」が「リスペクト男子」や「オカン男子」など、他の言葉と比べても特に目立つ言葉ではなかったと思う。ま~どこかの感度の高いマスコミが、男の子達をくくる最も分かりやすい言葉の代表として、この「草食系男子」を選んだようである。
この、ある世代をまとめる言い方として最初に流行ったのは、堺屋太一の「団塊の世代」であろう。世界的に学生運動が荒れ狂い「ベビーブーマー」とか「怒れる若者達」とか言われていたのだが、いまだに生き残っている言葉は、この「団塊の世代」だけだ。その下の世代は、70年アンポ騒動が過ぎ去った反動の「シラケ世代」となる。学生運動の残り火が、まだチョロチョロ残っていた頃に学生だった我が輩達は、それこそ「三無主義」だの「五無主義」などと、かつて団塊の連中からは揶揄されていたのだ。ま~今となってはそんな言葉も死語になってしまい、その意味すら忘れ去られているのだが・・・。
さらにこの世代も過ぎると、今度は脳天気な世代に移っていく。我が輩は勝手に「ひょうきん族世代」と名付け、周りに語っていたのだが、流行らなかった・・・。ま~それはさておき、時代は移ろいバブルが沸き、ハジケ、とうとうロスジェネとなる。こう乱暴に世代を括ると、人の精神状態の移ろいに似ていることに驚いてしまう。否定・反発・怒り・忘我・諦観・・・。個々人を見ていると実にバラエティに富んでいるのだが、日本人総体で見ると実に時代の雰囲気を感じてしまう。
なので、話を戻すと「草食系男子」という括りは、確かに今の男子の雰囲気を代表する言葉なのだろう。ま~この言い回しは、実に「社会学的」で定性的で、何の定量的裏付けもないのだが。しかし、時代に敏感な小説家は、先行してこのような男子を描いているのだ。例えば、桜庭一樹の「XXX」では、近未来のアジアの都市に出現する典型的若者として、この「草食系男子」としか思えないような若者を描き出していた。ウブな男の子を主人公とする小説なら、それこそ星の数ほどあるのだが(森見登見彦の小説の主人公はすべてそうだ)、この深澤真紀の「発見」した草食男子とは、明らかに違う。最も異なる点は、女性と接する態度だ。
青春文学はサリンジャーの時代から連綿と繋がるなる文学の一ジャンルだが、その主人公の大半はウブだ。このウブな男の子は、女の子を口説ける勇気はないが、女の子に対する悶々とした妄想ならフツフツと沸いてくるのが普通だ。しかしこの「草食系男子は」、女性に対してあまりにも淡泊なように見える。今まで主流だった「肉食系男子」と比較してだが。
ま~それにしても、草食とか言っても本音のところは全く分からないので、単なる奥手の若者なのかもしれない。「戦後強くなったのは、靴下と女だ」と、昔から言われている。ようするに女が強くなった分、相対的に奥手の男が増えただけなのかもしれない。
それとも、ある程度人口密度が高まると、人口をこれ以上増やさないように、オスの性欲が減少する自然の摂理が働いているのかもしれない。
それにしても、若者について様々なことを思い巡らせることができる本だ。