ベッキーさんシリーズの第二弾。昭和初期の帝都を舞台に、上流階級の深窓の令嬢・花村英子とお付きの女性運転手・ベッキーさんが謎を解く、連作短編集である。最新作の「鷺と雪」が今年の直木賞を受賞したことで、一躍有名になったシリーズでもある。
昔から因縁があり、犬猿の仲だった二つの名家。両家の中を取り持つはずだった浮世絵が消失。その消失の謎を解く「幻の橋」
手紙の暗号を手がかりに、失踪した友人の居場所を探る「想夫恋」
天窓を突き破って転落した思想家の死の謎を解く「玻璃の天」
この「令嬢と運転手」のシリーズは、印象としては、北村薫のデビュー作の「円紫師匠と私」シリーズに近い。主人公の花村英子の造形は、「私」と相似系だ。つまり凛とした品格と思いやりの心。利発で好奇心旺盛かつ潔癖性。北村薫お得意の理想の少女像だ。「円紫師匠と私」は、殺人事件とは無縁な、いわゆる「日常の謎」系統のミステリィだったが、この「令嬢と運転手」は、ミステリィに分類されてはいるが、ミステリィ度は低い。
一作目「街の灯」は、それでも謎解きに中心が置かれていたが、本作となると謎解きはほとんどおまけなようなもので、昭和初期における優雅な上流階級の生活の描写が中心となる。このため、お気楽に読めるのだが物足りなさを感じていた。しかし読み進めるにつれて、次第に重いテーマが浮かび上がってくる。連作短編集なのだが、この徐々に主題が見えてくる仕掛けというか、複線の張り方がすごい。一遍だけ読んでも良くできた短編なのだが、連作を読み続けないと、その本当の素晴らしさには気がつかない。さすが北村薫だ。
正直なところ、まだ一昨目しか読んでいなかった時期に、このシリーズの三昨目が直木賞を受賞したと聞いて、あまり納得感が無かった。しかし二昨目を読んでやっとこのシリーズのすごさに気がついたのだ。
「幻の橋」で、ヒロインの英子が若い軍人に向かって言う台詞『国家という行進なら、その向かう先は、孔子のいう仁や、あるいは、殺すなかれといった、基本的な徳であるように思えます。それを超えた主義主張を、否応無しに強制された時、行進は、歪まざるを得ないのではないのでしょうか。』
いくら上流階級の才女とは言え、戦前の14歳の少女が語るレベルとも思えないが、国民と国家の関係を見事に表現していると思う。昭和初期という時代背景だからこそ、その発言の意味は重い。しかも軍人相手にである。
この「玻璃の天」では、才色兼備のベッキーさんの出生の秘密が明かされるのだが、そこにも思想統制と暴力の影が潜んでいたのだ。この延長線上に直木賞受賞の三昨目「鷺と雪」があるのだから、当然その悲劇性を予想してしまう。一昨目の読後感とはまったく印象の異なる作品に変貌していったが、愛すべきヒロイン英子と凛々しいベッキーさんには、もっと活躍してほしいので、あまり時代に翻弄されてほしくはない、と切に望むのであった。
(ま~さっさと単行本を買えばよいのだが・・・)