『夜は短し歩けよ乙女』で人気沸騰中・森見登美彦のパロディ短編集。いわゆる名作文学を材料に、主人公をすべて「腐れ大学生」に置き換えた短編集なのだ。
ひたすら誰にも読まれることの無い小説だけを書き続けた腐れ大学生は、やがて行き詰まって山中に逃れ、天狗となった。『山月記』(中島敦)
自分の恋人を主演させ、大ヒンシュクの恋愛映画を撮った大学生を、友人たちや恋人は、勝手な解釈をするのだった。『藪の中』(芥川龍之介)
闇の学生組織「図書館警察」に捕まった友人を見捨て、ひたすら逃げまくる阿呆学生は、やがて捕まり桃色ブリーフで踊る羽目に。『走れメロス』(太宰治)
他に、坂口安吾の『桜の森の満開の下』、森鴎外の『百物語』が元ネタの短編もある。
ま~『走れメロス』は、教科書に載っているぐらいなので誰でも読んでいるだろうが、それ以外の短編は、いったいどのくらい一般的に読まれているのだろうか。『藪の中』は、映画「羅生門」としても有名なので、それなりに知られているとは思うのだが・・・。
我が輩はこれでも小学生の頃から大量に本を読んできているが、残念ながら「走れメロス」、「藪の中」以外は題名ぐらいしか知らなかった。なので、オリジナルを知らずしてパロディ本を語れる資格もないのだが、まっいいか・・・。
それにしてもパロディとしてではなく、単なる短編集として読むと、アホな大学生を主人公にした法螺話ぐらいにしか読めなかった。オリジナルの小説の「構造」だけを借りた短編なのだそうだが、読者としては理屈はなんであれ、ヨ~スルに面白ければよいのだ。
もちろん原典を知っている方が、より楽しめるのは間違いないだろうが、いかんせん森見ファンの大半は若い女性のようなので、これらの原典を読んでいるとは、ま~あまり思えないのだが・・・。と、これは我が輩の勝手な決めつけで、不遜だとは思うが。とにかく、パロディとしての面白さで読ませるには、「走れメロス」レベルのもっとポピュラーな題材に揃えるべきなのではなかったのかな~?もっとも我が輩が読んでないから、ポピュラーでないとゆう言い方は酷いが。
なにはともあれ、「友情」ネタのパロディとして楽しめる『走れメロス』は、パロディ小説ではなく、阿呆な大学生を描いたドタバタ小説として読むとしても、この疾走感は面白いのだ。何の感慨も意味も無いバカ話だったが。
その点、原作を読んだことのない『桜の森の満開の下』は、不毛な大学生活から、せっかく救い出し大成功させてくれた女性から逃げ出す男の話。結婚生活の中に潜む男の孤独感を、上手く描き出して意外に良かったのだ。原典を知らなくても、これはこれだけで成立したお話だった。しかし『百物語』だと、せっかくお話が持っている異様さが、「腐れ学生」のために薄れてしまい、中途半端な印象になってしまっている。全般的には面白いのだが、たぶん原典を読んでいる人の方が、より楽しめたのは間違いないのだ。