今、『Free』:が世界中のビジネス界に、深刻な衝撃を与えている。
なぜ、bit経済では95パーセントを無料にしても、ビジネスが可能なのか?なぜGoogleは無料サービスなのに高収益なのか?そんな疑問に答えたのが、世界25カ国で出版されたこのビジネス書なのだ。昨年の7月、アメリカで電子書籍用として無料で配布されると、全米ベストセラーとなり、ハードカバー本でも全米11位にランクインした、話題の本なのである。
著者のアンダーソンは、アメリカのWeb専門誌「ワイアード」の編集長であり、「ロングテール理論」の名付け親として世界的著名人だ。我輩も90年代後半から、日本のWWWオピニオンリーダー「インターネットマガジン」を愛読してきたので、この「ワイアード」も注目していた。そんな有名編集長が、またまたインターネット世界を揺るがすキーワードを発表したのだから、注目を浴びるのも当然だろう。
著者はこの本で、最初にフリー(無料)の歴史から入る。20世紀型フリーには、次の4つの形式があるという。
①直接的内部補助:フリーでないほかのものを販売して、そこからフリーを補填する(古典的手法で、スポーツクラブの無料体験などがある)
②三者間市場:第三者がスポンサーとしてお金を払い、多くの人はフリーとして提供(TVやラジオの広告が代表格)
③フリーミアム:フリーで人を惹きつけ、有償のバージョン違いを販売する(ソフトやオンラインゲームなどがあり、ごく最近の手法)
これらは貨幣市場の話だが、さらに贈与経済・無償の労働などがある、と説く。(今この日記に書いている本の紹介もそうだ)これらを経済学や心理学など様々な学説で説明し、さらにコピー天国の中国やブラジルを取り上げ、フリー経済の知られざる実情を語る。
アンダーソンの考えの核は、「競争市場では、価格は限界費用まで落ちる。そしてITの限界費用は年々ゼロに近づいている。かつ、アイデアから成るデジタル商材の開発コストは、過激なほど下がっている。このため低い限界費用で複製、配布可能な情報は無料になりたがり、限界費用の高い情報は高価になりたがる。」
よーするに、「ITの進化により配布コストがゼロに近いデジタル商材は、フリーの万有引力に引っ張られる」のだ。したがって「フリーに抵抗しても無駄なので、生かす方法を考えろ」と説く。(理屈はそうだが、どうやって?)
また、各章の中にコラムとして、音楽CDをどうして無料で配れるのか、電話番号案内がどうして無料でできるのか、大学の授業がどうして無料で受けられるのか、など多数の米国での実例が解説されている。
さらに、グーグルがどうして無料サービスなのに高収益を上げられるのか、そのビジネスモデルの解説はかなりのページを割いているのだが、ここが我輩が最も興味があるところだった。う~む。
とりあえず、商品の物体があるものは「アトム経済」、商品が情報やデジタル画像などは「ビット経済」と称し、商品をタダで配れるのは「ビット経済」の世界としている。が、所詮時間差の問題だけだろうとも言っている。
ま~本の内容そのものは、この京極本並みの分厚い大作を読んでもらうしかないのだが、翻訳が良いのか意外に読みやすい。しかし、ここで書かれた内容は、あまりにもビジネスマンにとっては衝撃的なのだ。つまり、どんな業界にいようとも、今後は「タダ」の商品と戦っていかなければならない、と言っているのに等しいからだ。
なんか今日本経済を覆っているデフレの波は、もしかするとこの「無料経済」の影響なのか、とも思ってしまった。もしそうだとしたら、永遠にデフレから脱却できない可能性もあるではないか。恐ろしい・・・。
しかしですよ。そりゃ新規参入する分野で最も効果的な方法は、強力な商品をタダで配ることは、戦略としては正しいかもしれないが、それでライバル企業を倒しても、自社がもし収益を上手く得られなかったら共倒れでお終い。ユーザーは供給者がいなくなり、結局取り残されるだけではないか。そこから見えるのは、とんでもない過当競争社会ではないのだろうか?商道徳もなにもあったものではない。
このアンダーソンも認めているのだが、ビット経済においてはどの分野でも勝てるのはトップの1社だけで、2番手以降は全滅するそうだ。インターネットユーザーは、Net社会はタダの商品ばかりになるので、初めは喜んでいるかもしれない。しかし最終的に大半の人々の職場が消えてしまうのでは、ごく一部の大金持ちIT企業と大半の貧乏人という19世紀的社会になってしまうではないか。そんな社会なって、誰が喜ぶのだろうか?
著者は別にそれを望んでいるわけではなく、万有引力に逆らえないのと同じなので、その世界で敗者になりたくなかったら、さらなるアイデアを出して勝ち抜けと言っているのだ。そりゃ正論だが、しかし全員が勝てるはずもない。今から、勝者が1人しかいない過酷な大競争時代の幕開けとなるのだろうか・・・。

2010年2月