新書界のベストセラー「生物と無生物のあいだ」の作者が贈る、分子生物学がテーマの名エッセー集。
分子生物学の最新情報を扱っている本ではなく、科学者とは思えない(失礼!)文学的香りのする文章で、生命現象を易しく解説している新書なのだ。この著者の場合は、どれも扱う対象は同じようなものなのだが、切り取る視点がそれぞれ異なるため、毎回面白い話となる。
つまり、「生命現象とは動的平衡状態を保っていること」が著者の主題だと思うのだが、これを生物と無生物との対比で説明したり、男女の発せいの違いで説明をしてきた。
今回はエッセーなので、さらに文学的表現が多くなり、比喩や引用が多用されているが、やはり主題は同じ。切り口は、「生命に部分はあるか?」なのだ。
生命現象の謎を突き止めようとして、昔から生物学者達は生物を切り刻み、顕微鏡で観察してきた。しかしいくらその刻むサイズを小さくし、顕微鏡の倍率を拡大していっても、さらにその下には新しい世界が広がっていた。その無限とも思える微少世界の奥底に、実は生命現象の本質はなかった、というのが今回のテーマなのだ。
分子生物界における世紀のスキャンダル、「データ捏造事件」の話、「視線」に対する考察、保存料のリスク、などの話も交え、なかなか興味深いエピソードが続く。
最近は、文章の上手い科学者が増えたため、科学系の啓蒙書も増加気味だ。これは良い傾向だろう。一時期エセ科学的「とんでも本」が流行ったり、科学技術に対する信頼感の低下や、理科離れが取りざたされているので、理系の我が輩としてはいささか心配していた。
今更70年代初頭のような、楽観的科学信奉の時代は望めない。当時我が輩は、講談社のブルーバックスをむさぼるように読んでいたもんだ。あの時代には、都築卓司のような物理学者のベストセラー作家がいて、科学の未来はバラ色に思えた。
なので理科離れの今、このような手軽な科学啓蒙書が、ベストセラーになることは、とても心強いことなのだ。