若手ミステリー作家・米澤穂信の九番目の作品である。
ある人文科学系の実験の被験者になれば、1週間・時給112,000円の報酬が得られる、というアルバイトが募集された。そのあまりに非常識な時給につられ、12名の男女が集まった。ところがそのアルバイトの内容は、大規模な地下の部屋に閉じこめられ、24時間その言動をすべて観察されるという異常なもの。そしてその地下空間で繰り広げられたのは、相互殺人ゲームだった・・・。
ミステリーの世界で、いわゆる「クローズドサークル」と言われる、古典的パターンを踏襲している物語なのだ。アガサ・クリスティのあまりに有名な作品「そして誰もいなくなった」が、その代表的な作品。絶海の孤島に閉じこめられた集団が、一人また一人と殺されていく、いったい誰が犯人なのか、というパターン。この「インシテミル」も、骨格は「クローズドサークル」だが、雪に閉ざされた山荘や孤島などではなく、現代的で豪華な地下空間が舞台なのだ。
米澤穂信は、「このミス」が選んだ好きな作家で1位なのだそうだ。この作家がトップだというだけで、「このミス」読者が、マニアックばかりだということが分かる。売り上げだとか一般的人気とは、無関係のように見えるからだ。
ま~我が輩も、米澤穂信は既に10冊読んでいるので、好きであることは確か。というか、初期の作品は大好きだった。「古典部シリーズ」「小市民シリーズ」は、青春ミステリーの傑作だと今でも思っている。しかし「日常の謎」系作家も次第に変質してしまい、ありきたりの殺人ミステリー作家になってしまったのは悲しい。
もともと米澤作品は、学園ミステリーにしろ、やけに冷めた主人公が意外な真相を暴くのだが、妙にざらついた後味を残す独特の作風だった。最近、やたら書店の店頭で宣伝している「ボトルネック」あたりから、ラストのドンデン返しをトリッキーにして、この後味の悪さばかり強調されるようになってきた。ドンドンとミステリマニア好みになってるので、「このミス」あたりの読者が食いついてきたのだろう。
ま~これは好き嫌いの話であり、作品の善し悪しではまったくない。実際、この「インシテミル」も2008年の「このミス」ベスト10に入っているので、人気はあるのは確か。
人工的に閉ざされた空間で、人が殺されたら他の人はどう行動するのか、という心理学の実験。この非常識な設定自体は、ミステリーのお約束であり、非現実的だとかなんとか言ってもしかたがない。しかしストーリーそのものを牽引しなければならない「謎」が、ほとんど無いのにはまいった。どうやって犯行を起こしたか、がなく誰がやったのか、しかない。12名全員に凶器が渡され、いつでも犯行が実行できる状況であり、誰がなぜ、だけでは「謎」ではない。「意外な犯人」というパターンは、手垢が付いている。動機なんかはいくらでも後付けは可能だ。もちろん米澤なので、仕掛けはあるし、ドンデン返しもある。しかしそれだけか、という作品なのであった。人工的で血なまぐさい話より、「古典部シリーズ」の最新作が読みたい、我が輩であった。