圧倒的迫力と精緻な思弁、ナイーブな語り口と残虐な描写、世界最先端の驚異のSFなのだ。「ベストSF2007」「ゼロ年代ベストSF」第1位に輝く、日本を代表する最高のフィクションである。
この小説は、あたかも押井守の傑作アニメ「GHOST IN THE SHELL」の世界で、コッポラ「地獄の黙示録」を描いたようだ。誰も同じ感じを抱いたようで、評論家の大森望も解説でほとんど同じ表現をしていた。
9.11以降のテロとの戦いも、先進諸国においては、徹底的な情報管理社会を実現することで、封じ込めていた。しかし後進国では、逆に内戦や大量虐殺が急増している近未来。米軍特殊部隊の大尉シェパードは、頻発する虐殺の陰に見え隠れする、謎の米国人を追跡していくと・・・。
冒頭から、残虐な戦闘シーンが続く。あたかも戦場に投げ出されたようなリアルな殺戮場面でも、なぜか静謐さが漂う。主人公のシェパードは、戦闘用に心理的マスキングされ、肉体的な痛みも、精神的な痛みも感じない。人間を破壊しても、物を破壊したような描写となり、悲惨なはずの戦場が、戦闘ゲームの世界に変質していく。
人類の歴史には、大量虐殺が何度も出現する。その秘密を握っていると思われる人物を
追い求め、シェパードは戦地を転戦する。優秀な戦士だが、まだ若くナイーブなシェパードは、敵を殺しながらも自問する。いったい平和の為に、自国のために、大量殺人することは許されることなのだろうか?哲学的考察を交え、自省しながらも作戦は非情に進行する。
ナノテクノロジーを駆使した、近未来の様々なガジェットは魅力的だ。しかし、それよりテロが頻発するいかにもありそうな世界情勢、それに対抗する米国の世界戦略には説得力がある。そこは、2007年ベスト新書「貧困大陸アメリカ」で暴かれた軍隊の実体、個人情報やジャーナリストを徹底管理する米国社会の、まさに延長線上にある近未来社会そのものだ。
さらにストーリーを最後まで牽引する「虐殺器官の謎」と、意外な結末は深く苦い余韻を残すのだ。もっとも、80年代の魅惑的幻想小説「幻詩狩り」のように、謎の正体そのものは明かされないのだが・・・。
それにしても、この大傑作をわずか十日で書き上げた作者は、その数年後に亡くなってしまった。非常に残念だ。癌を抱え、病魔と闘いながらも作品を書き上げた著者の精神力には感服する。あまりに残酷な描写が多いので、★を1つ減点してしまったが、日本SF界の頂点であることには、変わりはないのだ。