人気作家・海堂尊の9作目の作品。初期の作品に比べて、次第にミステリー小説としての謎解きより、日本の医療問題の告発の方に重点を置きだしているが、今回は産婦人科不足や不妊治療問題がテーマなのだ。
曾根崎理恵・助教授は体外受精のエキスパートであり、閉院間近の産婦人科では妊婦も診ていた。上司の清川准教授は、理恵の才能を認めていたが、日本では認められていない代理母出産の疑惑を抱いていた・・・。
海堂尊は、現役の医師と作家という二足の草鞋を履きながら、驚異的スピードでベストセラーを生み出してきた。軽妙でサスペンスフルな作風と、現代医療の最前線の知識を駆使し、瞬く間に流行作家にのし上がってきたのだ。出せば必ず売れる状況になってから、次第に作品は医療行政の官僚支配を、告発するトーンが強まってきた。「インセントゲリラの祝祭」になると、徹頭徹尻、厚労省批判をし、敵として戦う姿勢をとるまでに至っている。
この「ジーン・ワルツ」では、代理母出産というデリケートなテーマを、曾根崎理恵というクールなヒロインを登場させることで、感動的に演出している。実に上手い。
ヤンキー娘から高齢出産、人工受精の主婦など様々な妊婦を登場させ、いかに正常分娩が少なく、出産はリスクが高いかを語り、感動的な出産シーンで幕を閉じる。
常に冷静で戦略家で、かつ女の武器も使えるヒロインは、マスコミを利用して硬直した医療行政に孤独な戦いを挑む。作中でヒロインが告発する医療政策の失敗や、検察非難は、そのまま作者の言い分なのだろう。この「ジーン・ワルツ」のラストで、ヒロインが自らの行動はすべて戦略的だったと明かすシーンがあるが、これは海堂尊の行動戦略そのものなのだ。
たった一人の作家の作品が、現実の行政に影響を与えるようになったことは、凄いことだ。医療崩壊が叫ばれる中、少しでも現場の医師の声が中央官僚に届くようになったのも、この海堂尊の力が大きいはずだ。官僚政策のすべてが悪いわけではないと思うが、政策の失敗を認めず修正できない体質では、今後も同じ轍を踏むことになる。
海堂尊は、あたかも医学ジャーナリストのような地位にいるかのようだ。しかも、狭い専門分野に閉じこめられておらず、直接大衆に語れるので、その影響力は計り知れない。行政府にとっては、目の上のタンコブどころではなく、脅威の存在だろう。今後も、この海堂尊には引き続き、医療行政の監視をしてもらいたいものだ。
だからといって、この小説は単なる告発本ではない。小説としても十分楽しめ、感動できるエンターテイメントなのだ。出産経験のある女性なら、より深く味わえるのではないのだろうか。お勧めします。