森見登美彦の傑作「狸ファンタジー」である。誰が何と言っても面白い。
京都に住む狸の名門・下鴨家の三男である矢三郎は、伝統あるアホの血を受け継ぎ「面白いことは良きことなり」を信条としていた。地に堕ちた恩師の老天狗を助け、美女の弁天に翻弄され、宿敵・夷川家の陰謀を打ち砕くべく、京都の街に大騒動を巻き起こすのであった。
いや~、森見ワールド全開である。実に目出度い。あのラブコメ・ファンタジーの大傑作「夜は短し歩けよ乙女」以来、鳴かず飛ばずだったのだが、マタマタ大ホームランをかっ飛ばしてくれた。腐れ大学生のショーもなく猥雑な生活を、超個性的文体で描くのが得意な森見だが、逆に今まではそれしか面白くなかった。しかし、やっとこの毛玉法螺話で面目躍如なのだ。
狸は当然人語を解して人に化け、天狗は空を舞ってつむじ風を巻き起こし、屋形船は夜空に浮かんで、狸たちが宴を催す世界。ここは宮崎アニメの名作「平成狸合戦ぽんぽこ」を小説化した一大ワンダーランドなのだ。
もちろん、母と息子達が結束して宿敵に立ち向かう、家族愛をテーマにした小説とも読める。偉大なる父がなぜ狸鍋の具材になったのかを探るミステリー、とも無理矢理読める。が、そうではない。そんな深読みをしては決していけない。あくまでアホな法螺話として、楽しむべきなのだ。
人間世界が「大文字焼き」に酔いしれている裏側で、美女や腐れ大学生に化けた狸たちが、偽電気ブランを舐めながら、赤玉ポートワインを燃料に、夜空に浮かんだ茶釜エンジン駆動の茶室で大宴会を繰り広げ、酔っ払えば叡山電車に化けて街中を走り回ったりするヨタ話に、何かを読み取ろうとしてもしょ~もない。
物語とは、本来こんな昔話にも通じるお話を、語り口を、ワクワクしながら、ドキドキしながら楽しむものだ。物語の意味なんぞは、後から誰かが、勝手に屁理屈を付ければよろしいのだ。とにかく面白ければすべて良しの、大風呂敷を広げたおとぎ話なのであった。