大ベストセラー作家「海堂尊」が書いたスポーツ青春小説。医学小説というジャンルを創出したともいえる人気作家が、今度は流行のスポーツ小説に挑んだ。という単純な図式ではなく、今まで書いてきた「チームバチスタ」シリーズの、登場人物たちの青春を描いた物語でもあるのだ。

桜宮の医科大学剣道部に所属する<猛虎>速水は、東京の大学医学部<伏龍>清川と、医学部剣道大会でのライバル同士だった。各々の師匠から教えを受け、秘技を身に付け、学生最後の大会決勝で、二人は対峙した・・・。

海堂ファンならおなじみの「ジェネラル・ルージュの凱旋」速水、「ジーンワルツ」清川、二人が剣道に打ち込んだ、大学時代のお話なのだ。それにしても、海堂尊は器用な作家だ。ここ数年の間に、急激に一大ジャンルを形成しつつある「スポーツ青春小説」のスタイルを取り、同時に「チームバチスタ」の主要登場人物の過去やその背景まで書き込んでしまうのだから。しかも単なる剣道に打ち込んだ青年たちの成長物語とせず、剣の達人やら秘技まで繰り出し、宮本武蔵流の剣の神髄まで描こうと、欲張っている。ま~そこはいつもの海堂尊なので、軽妙な文体でマンガチックに書いてしまい、決して深刻にならないのだが。

偶然かもしれないのだが、我が輩は今年に入り、万城目学「鹿男あをによし」、誉田哲也「武士道シックスティーン」と立て続けに剣道を題材にした青春小説を読んでいる。最近は剣道がブームなのだ、な~んて話は聞いたこともない。が、なぜか小説界では流行のようだ。とにかく「剣道はスポーツではない、武道だ!」という、このバチスタシリーズの主要キャラ・高階教授の決めセリフが、このお話の性格を規定しているように思える。

スポーツは体力と技量の勝負だが、「武道」となるとそこに精神論が入ってくる。いや、スポーツだってメンタリティが重要だ、という話はあるが、優先順位が異なるはず。
かつてスポーツ界でも、精神の重要性が説かれたことがあったが、いわゆる「根性論」の悪癖に陥ることが多く、合理的な最近の若者に毛嫌いされ、今では廃れてしまった。しかしオリンピックレベルでの戦いまでいくと、最後はメンタリティの勝負だというこで、再び精神論にたどり着いたようだ。まこと皮肉なもんだ。

逆に言うと、日本の武道は、文字通り命をやり取りする真剣勝負なので、肉体的にも技術的にも究極まで追求し続け、最後に得られた奥義が「精神論」なのかもしれない。それが明治以降、中途半端に伝授され、根性があればなんでもできる「根性論」に堕落していったのではないだろうか。単なる我が輩の想像なのだが・・・。

奥義を極めた剣の達人が、最後は剣すら忘れてしまう話もあったが、ま~そこまではないにしろ、「科学的」トレーニングを取り入れ、肉体改造を施し、技術を磨きあげたアスリートなら、最後に勝負を決めるのは己の心の強さだということは、教わらなくとも実感しているはずだ。その勝負に拘る精神を鍛えるのが「修行」なのだろう。

日本古来からある武道では、練習する際には必ずといって良いほど、その武道の技術を磨くだけでなく、その武道に直接関係のない作業をやらせる「修行」が存在する。説明して理屈で覚えるのではなく、あくまで体感して会得させることが目的なのだろう。

この小説でも、登場たちは医学部だけあって、理屈だけで行動する合理主義者ばかり。そこにタヌキ親父の高階教授が、武道の神髄を叩き込むため、若者に修行を課す。その試練をかいくぐることで成長を果たし、一段上のステージに登ることができるのだ。そのことが、飛び抜けた実力を兼ね備えた医者に育つことになった理由だ、と海堂尊は描いている。

実に上手い。海堂尊はこのバチスタ・シリーズの構想を、最初から精緻に組み立てていたわけはないので、後付けの理屈のはず。しかし、それにしてもシリーズ全体の整合性を見事に組み立てている。この青春小説は、単独でも充分楽しめるが、やはりシリーズ最初から読んだ方が、もっと堪能できるお話なのであった。