京極お得意の妖怪講座である。お馴染みの京極堂シリーズの中で、妖怪談義を何度も開陳しているので、それほど目新しい話や解釈がある訳ではない。しかし、さすが京極である。持論の妖怪文化論を、博識の達磨妖怪が、豆腐小僧というユニークなキャラを相手に論じるというスタイルで楽しませてくれるのだ。
巨大な頭に箕傘をかぶり、お盆に乗せた紅葉豆腐を持って、ウロウロするだけの妖怪「豆腐小僧」。ある日、豆腐を落としたらただの小僧になるのか、消えてしまうのか悩んだ末、旅に出ることにした。大きいだけで空っぽ頭の豆腐小僧は、道中様々な妖怪に出会い、驚きながらも、妖怪とは何なのかを探すのであった。
いやま~、ここまで徹底して妖怪講座を聞かされるとは思わなかった。豆腐小僧という狂言回しのおかげで、退屈はしないのだが、それにしてもマニアックだ。鳴家(なりや)や鬼火、ろくろ首のような有名な妖怪が、生まれた背景とその歴史、死神の出自に、幽霊とお化けの違いなど、お化け妖怪の類を網羅的に体系立てて説明しているのだからたいしたもんだ。しかも、単にどこそこの文献に登場する、のような話ではなく、なぜそんな妖怪が生まれてきたのか、人の心理を説明し、その妖怪の存在の必然性を説明しているのだから凄い。
冒頭で、「妖怪なんてものは居ませんな。温度や湿度、臭いなどが醸し出す雰囲気が生み出す感情を、説明するための理屈・概念。それを分かり易くキャラクターにしたものを妖怪といいます」と、いきなり持論を言い切る。京極ファンならお馴染みだが、このお約束を前提に、妖怪話を始めているのだから大胆だ。
この「豆腐小僧双六道中」で詳しく紹介される妖怪は、鳴家・死神・達磨・見越し入道・化け猫・幽霊・袖引き小僧・魑魅魍魎・人魂などなど。狸や狐がどうして人間を化かすと信じられてきたのか、なかなか興味深い話も多数ある。ま~京極マニアなら、この700頁を越える妖怪講座でも、苦もなく読めるはずだ。
そういえば、あの傑作時代小説「百物語シリーズ」も含め、妖怪マニアの京極が書いた大量の小説の中で、本当に妖怪が登場したのは意外にもこの「豆腐小僧」が初めて、かな。「妖怪は人の心の中に住む」のが持論なので、今まで妖怪は常に仕掛けでしかなかった。今回初登場なら、意外な事実ですな。
しかし、豆腐小僧という妖怪が、突如自我に目覚めて旅に出る、という設定もユニーク。妖怪のくせに臆病でトボケたキャラが道中を和ませ、なかなか楽しめる。妖怪は人の心の闇を中和する効用があり、妖怪も住めないような時代だから、精神が荒廃するのだと、現代文明批判も鋭いのだ。
しかし京極も、もうちょっと読者サービスをして、持論の妖怪談義ばかりでなく、お話を膨らませてくれた方が読みやすかったと思う。今回は「ふりだし」なので、この豆腐小僧を主人公にしたシリーズを、続々と出すのだろうが、趣味の妖怪講座ばかりでなく、豆腐小僧がもっと活躍するお話を読ませてもらいたい、と切に思うのであった。