2009年に第140回の直木賞を受賞した作品なのである。教科書でしか知らなかった歴史上の人物、千利休の生涯を描いた大作なのだ。

織田信長の後を継ぎ、豊臣秀吉が天下を盗ろうと、のし上がる戦国時代、茶の湯を極めようとした男「千利休」。天下一の茶頭へと昇り詰め、そのあまりに鋭い美意識ゆえに、時の権力者・秀吉に睨まれ、最期は切腹に追い込まれる。その伝説の生涯を、時を遡る独特の叙述で描き出す、歴史小説である。

正直、これほど面白いとは思っていなかった。歴史ものを、最近あまり読まなくなったせいもあり、なかなか手が出なかったのだが、ま~直木賞もとってることだし、タマには読むか、とそれほど期待はしていなかったのだ。しかし意外にも、戦国時代に開花した日本固有の美意識・侘び寂びの世界に、ぐいぐいと引き込まれてしまったのだ。

この小説の最大の特徴は、その語り口にある。ネタバラシしているようだが、最初の数ページを読んだだけで、時を遡りながら語ってことが分かるので、未読の人でも支障はないはず。
冒頭で、いきなり利休が切腹を言い渡される。そして少しづつ時を戻し、どうしてそのような事態に陥ったか、利休と秀吉の関係を軸に、美意識の権化のごとき利休、絶対的権力者・秀吉が、相互に依存しながらも確執と対立を重ねていく様を、端正で格式高い文章で語るのだ。

この全編に渡って時を巻き戻す手法は、桜庭一樹の「私の男」が有名。
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どちらが先にこの手法で書いたかというと、2008年第138回直木賞受賞作が「私の男」なので、桜庭一樹が一足先に発表している。しかし山本兼一がこの大作を書き上げるにはかなりの期間を要しているはずなので、別にこの手法を真似たわけではないのだろう。

それにしても伝説の人物・千利休の生涯を描くのに、冒頭で利休に自刃させ、その理由(わけ)を「謎」とし、あたかも倒叙ミステリーの如く描く筆力は凄い。歴史小説であり、結果は分かっているので、若い頃の時代から、順にその生涯を書き、利休がどうしてそのような感性や美意識を持つように至ったかを描いても良いはずだ。というか、それが素直な書き方だ。しかしそれでは、普通の歴史小説になり、インパクトがなく、読者を引き込むには若干弱いと思ったのだろう。

この小説で描かれる利休像が、どこまで本物に近いのかは、もちろんわからない。莫大な時間をかけ、史実を詳細に調べあげたのだろうが、もしかしたら大半は、作家の想像なのかもしれない。しかし利休像を、このように美意識の塊のように提示されると、非常に説得力がある。侘び寂びと言いながら、その内に芳醇で艶やかな美を秘め、「茶の湯」として磨き上げる美意識。

小説のエピソードの中に、こんなのがあった。秀吉と接見したバテレン使節が、茶の湯で用いられる高額な小壷を見て、「他に多数ある小壷の中と、なにが違うのか」と尋ねる。すると利休は、「わたしが選んだ品に、伝説が生まれます。」と答える。ただの土くれをこねただけのものを、利休が美しいと言えば、芸術品となるのだ。
審美眼に対するとんでもない自信と、孤高の美意識である。そして日本人として、この独特の美学を、気迫を持って示した作者の力量に感嘆するのであった。

蛇足だが、利休切腹の日は1591年2月28日とある。そして1月20日を「切腹のひと月と少し前」と書き、「うたかた」の章の1月18日を「切腹のふた月と少し前」とある。おかしくないですかね?