いや~面白かった。新年早々から面白かった。ドキドキ、ワクワクさせ、しかも実に爽やかな青春陸上小説。本屋大賞、吉川英治文学新人賞をダブル受賞した、今でも本屋に山積みされている、ご存じの大ベストセラーである。全3巻1000頁越えの大作を、一気に読ませてしまう「力」のある小説である。
Jリーグ選手になった兄を持つ神谷新二は、中学まではサッカー漬けだった。その親友で、中学陸上界の天才スプリンターだった一ノ瀬連と共に、同じ県立高校の陸上部に入部した。神谷はサッカーで鍛えた体格を生かし、一ノ瀬と同じ100mを始め、豊富な練習量で頭角を顕してくる。400mリレーでも強豪に競れるようになり、インターハイ出場を目指し、最高の走りを夢見て、がむしゃらに練習していく・・・。
少しずつ流行りだしていたスポーツ小説を、一気にブレイクさせた小説だけのことはある。実はこの本は、ずいぶんと前に高校生の愚息のために買い与えていたのだが、わが輩自身はずっと「つん読」状態だった。息子がやたら面白いと騒いでいたので気になってはいたのだが、他の本に埋もれて今まで読めなかったのだ。いや~やっと読めて良かった。感動した。もっと早く読めば良かった。
佐藤多佳子の小説は、以前「しゃべれども しゃべれども」を読んでいる。この新人落語家のお話も、非常に面白く感動できる、★★★★★小説だった。しかし佐藤多佳子は、文学賞を多数取れる実力派作家、という印象はあるのだが、どうも地味なイメージがあった。なので、陸上競技を題材にした小説を書き、しかも大ベストセラーとなるとは、意外なことだった。
この最近流行のスポーツ小説は、アスリートの心情を書き込むので、その競技の未経験者が書けるとは、どうしても考えられなかった。高校ボクシング小説の傑作「BOX!」を書いた百田尚樹は、ボクシング経験者だ。あのベストセラー作家である海堂尊は、大学剣道部の主将だったが、その経験を生かして「ひかりの剣」という剣道青春小説を書いた。人気作家の東野圭吾のデビュー作「放課後」は、アーチェリー部を舞台にしているが、自身が大学ではアーチェリー部の主将だった。
このように、作家自身がそのスポーツの経験者だからこそ、選手のトレーニング時の心情、試合直前の緊張、試合中の細かな描写や駆け引き、ライバル意識などが、リアルに描けると思っていた。しかし、この佐藤多佳子は、陸上競技に関してまったくの素人にもかかわらず、陸上選手の気持ちを見事に描写しているのだ。しかも男子高校生の入学から3年間という最も多感な時代を、親友・チームメイト・コーチなど含め、実に納得いく描き方をしているのだ。これは凄い。なんでここまで若きアスリート達の、細やかな描写ができるのだろう。と思っていたら、文庫版の最後に「特別座談会」と称した「おまけ」があり、その中で作者が何と四年をかけて神奈川にある高校陸上部に通い、取材してきたと書いてあった。これはこれで凄いことだが、そこまでしないと、これだけの力作は書けないのだろうな。
実は我が輩も、中学・高校・大学・社会人と通算で二十年以上もの間、卓球をやり続けてきた。インターハイまではとても出られるレベルではなかったが、それなりの戦績はあった。なのでアスリートというか、スポーツ選手の心情や、試合前の緊張と興奮は、肌身で理解している。決勝戦直前に、会場全体がシーンと静まり返り、緊張が一気に高まる感覚などは、今でも覚えている。
この「一瞬の風になれ」は、そんな当時を思い出せてくれるほど、最高にリアルで白熱した競技を描き出した傑作なのだ。スポーツ好きはもちろん、老若男女どんな人にもイチオシの逸品である。