いや~長かった、第29回日本SF大賞受賞の大作である。今注目の作家、貴志祐介の代表作である。久しぶりに読むのに1週間以上かかってしまった、文庫で全3巻1,375ページの超大作冒険ファンタジーなのだ。
典型的な「剣と魔法の世界」というわけではない。最初は少年少女アドベンチャーで始まり、次第にホラーとミステリーの要素が加わり、後半はSF戦争スペクタルに変貌していく、エンターテイメントなのである。

およそ千年後の日本、超能力を獲得した少数の人間たちは、豊かな自然に囲まれた神栖66町という小さな町で、平和に暮らしていた。町の周囲は注連縄で結界が張られ、周囲とは隔絶されていた。この町で生まれ育った早季たちは、やがて秘められた人類の歴史に気がつくが・・・。

ま~よくこんな異様でグロテスクな世界を、統一した世界観で構築できたな、というのが正直な感想。文字通り「剣と魔法」で壮大な世界を構築した「ハリーポッター・シリーズ」と比較できるくらい、精緻な世界を構築しているのだ。
主人公が超能力(魔法や呪術でも同じだ)を駆使する物語は、昔からそれこそ星の数ほどある。ライトノベルやファンタジーなら定番だろう。そんな中でも、この「新世界より」の評価が高いのは、やはりその世界観にキッチリした原理や理屈やらが組み込まれ、大活劇が繰り広げられるからなのだ。

この大長編の最初の1/3くらいまでは、主人公である早季たちの、子供時代を語っている。そしてこの世界の全容を、しっかりと描いているのだ。このイントロとも言える部分が非常に長いため、もしかしたらこのまま、健全な少年少女アドベンチャーで終わるのか、という感じさえした。ネットの書評を読むと、ここらはどうも評判は良くないようだが、この導入部を過ぎると、いよいよ残虐な戦争スペクタルに一気に突入していくのだ。

前半で千年後の異様な世界をじっくりと描き、後半でその世界での大活劇を描く、古典的とも言えるこの盤石な構成も、なかなか評価が高いようだ。我が輩としては、この人気が高い後半の残虐で非道な戦争シーン、性悪説に根ざした人間観には、どうも賛同しかねるのだがね。ま~ここらは好みの問題で、作品の出来不出来ではないのだが。

ホグワーツ魔法学校の、奇妙な校則や風習を、新入生に教えていくことで、読者をその世界に引き込んでいく「ハリポタ」も、同じ手法だ。世界中の子供達が夢中になった、このハリポタは、実は我が輩はあまり好きではなかった。どうしてイギリス文学には、伝統的に暗い寄宿舎生活と、そこでのいじめが多いのだろうな。

実は我が輩は、大長編ファンタジーの類はそれほど読んではいない。いや、ファンタジーという言葉を、ここまで使ってきたが、どうもこの「新世界より」にはしっくりとこないな。「ダークファンタジー」なんて言葉はあまり聞かないし、どちらかというと、「伝奇小説」のイメージだ。ホントは、伝奇小説というと、過去の隠された歴史という設定で書かれたエンタメ小説で、「新世界より」のような未来の設定のお話ではないのだがね。しかし感覚的には伝奇小説という言葉が持つ、暗くおどろおどろしいイメージの方が、この物語にはよく似合っている。

話がそれたついでに、やはりかなり昔のSF大賞受賞作で、椎名誠が突然変異的に書いた「アド・バード」も異様な生物が跋扈する世界を描いていた。また、死者と語れる島での恩田陸ミステリー「ネクロポリス」も、物語に入り込むのに苦労するほど、奇妙な世界だった。これらはみな大長編の作品なのだが、その世界に入り込んで楽しめるかどうかは、やはりその世界観やルールに、共感や納得感があるかどうかなんだろうな。共感できないと、読み通すのが辛くなることは確かだ。

なんか、本題とかなり離れてしまった。とにかく、この物語にはエンターテイメントとしての魅力が、これでもかというくらいに詰め込まれているのは確かだ。テーマを動物行動学の古典であるローレンツ論を下敷きにしているので、SFとして扱われているのだろう。しかし内容としては、サイエンス部分はほとんど無く、ホラー色の強いアドベンチャーが繰り広げられていく。

貴志祐介は、今話題の「悪の教典」でもそうだが、「悪」とは何か?という問題を突きつけるのが好きなようだ。超能力が誰でも使えるようになった世界で、このテーマを展開したら、確かにこんな世界に陥るのだろうな、という説得力は確かにある。だから血生臭いシーンが、やたら多いのかもしれない。ま~流血が気にならない読者に、お薦めの超大作であった。