企業の採用・労務・勤怠などの人事管理(Human Resource)業務に、いよいよAIを用いる時代がやってきた。HRテック企業のネオキャリアは、2016年8月末からクラウドサービス「jinjer」に人事機能を追加。AI機能による従業員の離職する可能性を警告するアラート機能を搭載する。これは従業員の出退勤時間データと、出勤時の顔認証の表情データを蓄積し、学習した離職従業員データと比較して、従業員の離職可能性を判断するというものだ。

企業人事の世界は、過去何十年もの間ITの進化からは取り残されてきており、企業の中で経験と勘が未だに生き残る最後の職場だ。これは企業人事が従業員という人間を対象としているため、その特性を単純に数値化できず、人事の裁量に任されている場合が多かったからだ。

この暗黒世界に、近年AIを利用したHRテック企業が参入してきている。まずアメリカで、人材選考時にゲームを利用した心理テストを導入し、面接者の心理特性を計測・分析する企業が登場。そして従業員の心理特性や業務成績などから「人材評価の客観的基準」を作るなどの「人事の科学的アプローチ」に動いているのだ。

前述の「離職アラート機能」は、出退勤記録という数値データの傾向を機械学習させて判断させているようだ。これは対象となる企業の離職率が高く、数百人以上かつ1年以上のログがあれば、機械学習なら比較的容易に判断できると思われる。人事データの中で、勤怠データは、どこの企業でも大量かつ比較的正確に持っているので、開発は比較的容易だ。ただし、出退勤スタイルなど企業文化は各社で大きく異なるので、各社ごとにパラメータのチューニングが必要にはなる。

「人事の科学的アプローチ」が、このレベルなら大きな問題はない。現実には離職アラートが出た後の、人事対応の方が難しいだろうが、退職を止める方向に動くのだからまだましだ。問題があるのは、人事考課や人事選考時に、この「AI判断」を用いるようになった場合なのだ。従業員の「価値」を、数値として表現できた指標だけで判断するAI判断は、対象となった従業員をプロファイリングすることになり、一度プロファイリングされた情報は永久に保存され、当人には覆せないのだ。従業員は、いや人間は成長する生き物だ。それを過去データだけで、その人の将来をAI判断するのだから従業員はどのように感じるのだろうか?

また「AI判断」と表現したが、その実態は機械学習のアルゴリズム。重回帰分析なら判断理由を説明できないこともないが、もっと判断精度が高くなる「Neural Network」や「Deep Learning」だと、判定結果の理由を基本的に説明できないのだ。こうなると人事判断は、再びブラックボックスの「ご神託」を聞くだけの暗黒世界に逆戻りになってしまうのだ。

AIだの人工知能だのという言葉の意味や原理を、正確に知らないことは危険だ。AIというか機械学習は、ビジネスには非常に役に立つ技術。しかも機械学習の原理は、統計学の延長線上にあり、それほど難しいわけでもない。AIの判断だからと言って、ビジネスマンが盲目的に信じてしまうようなことは、避けなければならないだろう。