スマートスピーカーが大流行りである。先行している「Amazon Echo」シリーズは、販売台数が1000万台を超えたそうである。先日のAmazonのプライムデー・セールスでは、このEchoデバイスが、「毎分6000台を超えるペースでオーダーされていた」と、Amazonは公表している。
このスマートスピーカーは、AI技術を用いた「音声アシスタント」を内蔵する、ネット接続されたワイヤレススピーカーだ。テキスト入力ではなく、ユーザーは話しかけるだけで、音楽を再生したりネット検索や買い物を発注してくれるので、非常に便利なのだ。
このAmazonを追って、米Googleは2016年11月に「Google Home」を発売。米Appleは「HomePod」を発表し、年内の発売を予告した。米Microsoftも秋ごろに「Invoke」を投入する計画である。国内勢ではLINEが「WAVE」を開発、秋に正式版の発売を予定している。

AI技術を用いた「音声アシスタント」として、最も有名なのは、Apple社のSiriだろう。2011年にiPhone4sで初登場したSiriは、自然言語で会話ができる世界初のAIアシスタントだ。今日の天気や遊園地までの道順を教えてくれるだけでなく、無駄話でも相手をしてくれる優れものだ。
このSiriの原型は、アメリカ国防総省が2003年に立ち上げた軍事用AIアシスタントにある。5年計画で500人のAIエキスパートが動員された、史上最大のAIプロジェクトだった。この計画の終了後、民生版としてスピンオフさせたのがSiriである。Apple社は2010年にこのSiriを2億ドルで買収して、iPhoneに実装したのだ。

このSiriが画期的だったことは、世界最高水準の音声認識技術だけでなく、実社会での質問に答えられる能力があることだ。普通の検索エンジンなら、質問の答えが含まれているであろうWebページのリストを表示するだけだ。しかしSiriは、事実に関する質問の場合は実際に計算して回答する。例えば100万までに素数はいくつあるか、2016年に世界で最もGDPが高い国などの質問だと、リアルタイムで計算して回答している。このような質問以外の場合には、推論能力を駆使する。「先週と同じレストランで食事がしたい」と言えば、文脈を理解して先週のスケジュールとレストランの場所を探し、予約できるようにWebサービスに接続できる。このAIアシスタントSiriは、情報を引っ張ってくるだけでなく、問題の解決策を提案できるのだ。

AppleのライバルGoogleは、2012年になるとAIアシスタント「Google Now」を発表する。Google Nowは、検索だけでなくユーザーデータを抽出して、ユーザーが必要としている情報を「予測」することができる。Googleは、ユーザーの検索履歴やメール内容を解析しているので、Google Nowに活用できたのだ。2017年5月には、Gmailの新機能として「スマートリプライ」を発表している。これは受信したメールの本文を自動で分析して、返信文の候補を複数作成してくれる機能だ。

これらのAIアシスタント機能は、大半は英語版でしか使えない。日本語と比較して、英語の自然言語処理の方が、圧倒的に進化し続けているからだ。日本語の自然言語処理もかなり進化してきたが、それでも日本語のチャットボットで、ヘルプデスクサービスをやっと始めたばかりだ。
今まで日本は、自国語でITを習得できる世界でも稀有な国だった。日本人には意外なことに、アメリカ以外の国では、科学知識特にIT情報を収集するには、まず英語が読めることが大前提なのだ。それほどまでに、ITの世界では英語圏の勢力は絶大だ。
日本は1億2千万人の人口があり、今でも世界第3位の経済大国だ。国内市場規模が大きいため、苦労してまで国外へ進出する必然性はなかった。ITも比較的強かったため、日本語という高い壁にも阻まれて、日本市場を欧米勢に完全制覇されることもなかった。しかしAIに関しては、従来のITの進化速度とは桁違いに早く、「日本語」というユニークな言語が、今度は足かせとなって進化が遅れているのだ。

今のところAIアシスタントは、一般ユーザーの生活を多少便利にするだけだ。別に利用しなくても問題があるわけではなく、AmazonやGoogleへの依存度が上がらないだけだ。しかしAIアシスタントが本格的にビジネス世界で利用されてくると、ホワイトカラーの生産性に差が出てくるだろう。今でも日本の労働生産性は先進国の中では低いので、ますます差がつくはずだ。日本企業、特に日本の大企業のホワイトカラーの生産性は低いので、収益にも影響があると考えられる。

だが、AIアシスタントが普及すると、今度はAIアシスタントの「助言」を盲目的に信じる風潮になってくるはずだ。アイスランドには、「アクティブシチズン」という「政治AIアシスタント」が既に存在している。このAIアシスタントはユーザーの好みや習慣・過去の意見を収集しておき、インターネットの膨大な情報の中からユーザーの好みに合った政治的話題を、分かりやすくビジュアル化して提供ができる。
膨大な情報の中から、必要な情報だけ収集して整理し、提案までしてくれるAIアシスタントの存在は、非常に便利だ。だが同時に危険でもある。AIアシスタントの判断基準に「バイアス」をかけることは容易であり、ユーザーにはまず気づかれないからだ。長期的に利用すればするほど、ユーザーの思想信条に影響を与えることは明白だ。

この急速に普及していくであろうAIアシスタントが、膨大な情報の海で溺れかかっている人々を救う救世主なのか、それとも大海の中から美しい歌声で人々を惑わして遭難させるセイレーンなのかは、後世の判断に任せるしかないだろう。