2016年になってから、ようやくディープラーニングが産業界でも利用できる可能性が出てきた。機械学習の方は、その利用環境がいち早く整ってきたので、一足先にビジネスでの利用は進んできている。しかしディープラーニングの方は、そのアルゴリズムが公開されてからせいぜい4年ほどしか経っておらず、しかもどんどん進化している最中の為、ビジネスへの具体的応用までにはなかなか至っていないのが実情だ。

それでもGoogleやMicrosoftなどのごく一部のトップベンダーでは、2016年の後半から画像認識や音声認識への応用が徐々に始まっているが、日本ではまだまだと思われる。唯一、AIベンチャー企業であるPreferred NetworkPFN)社だけが様々な分野へディープラーニングの適用を試みていると積極的に公開しているだけだ。
PFNの資料によると、ディープラーニングの最新研究成果として、ロボットの自動制御・産業機器の異常検知・画像の自動生成などがあると紹介している。自動制御や異常検知は従来技術でも可能だったが、ディープラーニングを用いることで、それまでの性能を大きく上回っているのだ。
このロボット制御と画像認識の技術力が試されるのは、Amazonが2015年から始めたピッキング・チャレンジ。箱の中に乱雑に置かれた40個ほどのDVDや歯ブラシ、ボトル、Tシャツなどの様々な形状の商品を、ロボットアームでつかんで棚に収めるコンテスト。いかに商品にダメージを与えず、正確な位置に、短時間で置けるかを競うのだが、ここでPFNは東大や三菱などの老舗を抜いて日本勢最高位の2位と健闘している。
また、工場で用いられる大型の工作機器は、高価なため稼働率が重要となり、故障が生じると生産に大きな支障があるため、事前の異常検知が重要になってくる。しかし従来からあるセンサーと機械学習を用いた異常検知だと、滅多に故障しない工作機械の故障データを用いた教師あり学習のモデルでは精度が低く、故障直前にならないと検知が出来なかった。これをPFNはFANUCと協働してディープラーニングを用い、正常なデータだけの教師なし学習モデルを生成し、多様な故障に対応可能な異常検知が可能になったようだ。

それにしても、富士通やNEC、日立など人工知能を利用したと称する製品を発表している日本の大企業を差し置いて、2014年に設立したばかりで社員数50人のPFNだけが、成果を出しているのは、どうしたことだろうか。
アメリカのIT企業だと、AIに関してトップランナーであるGoogleもMicrosoftもFacebookも、今では巨大企業だ。しかし世界で最初のAI音声アイスタントである「Siri」を実用化したAppleは、その後AIに関して目立った成果は出ていない。この原因は、Appleの秘密主義にあると一般的に言われている。このためAppleは、2016年末にAppleの研究者も研究成果を論文として発表してよいと方針を変更した。つまり、AIなどの先端分野の研究者は、自分の研究成果を論文として発表し、個人としての評価を高めたいのだ。企業という狭い枠の中で、いくら成果を出しても、その果実は企業が全部持って行ってしまうと感じているのだろう。だから秘密主義の企業には優秀な研究者が集まらず、その企業の研究が進まなくなるのだ。
日本の大企業になると、Appleの比ではなく徹底した秘密主義だ。何を研究しているのか、どの程度進んでいるのかなどはほとんど公開しない。ましてやアルゴリズムを公開したり、OSSとして提供するなどは皆無に近い。その点、PFNは研究成果をコンスタントに公開し、PFNが開発したディープラーニングの開発用フレームワークであるChainerも、OSSにしている。しかも2017年の1月には、線画をアップロードすると自動着色してくれる人工知能 「PaintsChainer」を無料で解放して世界中に大きな評判を呼んでいる。
PFNはベンチャー企業なので、情報を公開することでベンチャーキャピタルを呼び込むと同時に、優秀な人材を集めようとしているのだろう。

国内の優秀な頭脳が集まっているはずの大企業が、少なくともAI分野で目立った成果を出せない原因は、若い優秀な研究者に自由な裁量や権限を与えず、無駄なスタンプラリーばかり求める旧態依然とした組織構造にあるのは確かだ。しかも自分の研究成果を公開できないのだから、尖った研究なんぞ期待はできない。
秘密主義で有名なAppleでさえ方針変更をしたのだ。日本の大企業が、このまま若く優秀な研究者を低賃金で囲い込んだままでは、いつまで経ってもイノベーションを起こせないだろうな。