2015年秋のIT系の展示会では、機械学習やディープラーニングなどのAIを利用した製品はほぼ無かった。それどころか「機械学習」という言葉は浸透しておらず、ましてや「ディープラーニング」などという専門用語は、展示会では通じもしなかった。あれから1年経ち今秋の展示会を見ていると、やっと日本でも機械学習(ML)をビジネスに利用する機運が高まり、さらにディープラーニング(DL)を利用した製品の試作が始まったようだ。

私の予想では、MLはビジネスに利用しやすいので、もっと早くからMLビジネスが立ち上がってくると考えていた。2015年の夏には、パブリッククラウド各社から、MLサービスが開始されており、私も実際にクラウドで試作を何度も行い、その導入の容易さと実力を確認していた。ところが未だにMLビジネスは本格的に始まったという話にもならず、それどころかMLがモタモタしている間に、DLの方の実用化が始まってきたようだ。
DLは、MLと比較して動作原理が直観的に理解しづらいため、昨年までは専門家以外は手が出せなかった。しかし様々な開発用フレームワークとライブラリが公開され、次第にDLの情報が流通しだすと、2016年になってからは日本メーカも製品への応用を検討してきたようだ。私もDLは未だに研究段階であり、製品実装はもう少し後になると考えていた。ところが驚いたことに、ITPro EXPO2016 の展示会では、既にDLを組み込み機器に実装してリアルタイム顔認証(顔検出)のデモを行っていたのだ。
今年の3月に発売されたNVIDIA社のクレジットカードサイズモジュールコンピュータ「JETSON-TX1」は、64ビットARMに1TFLOPのGPUを搭載した強力なボード。これにUbuntu+Caffeを入れてCUDAを動かすと、標準ライブラリだけで顔認証ができる。
コンカレント日本(株)のブースで見たボードは、このJETSON-TX1にリアルタイムLinuxを搭載し、CUDAを動かしてリアルタイムで顔認証(顔検出)をしていた。これは凄いことだ。こんな個人でも手が出るクレジットカードサイズの組み込みボードで、CNNをリアルタイム処理できる時代が、こんなに早く来るとは想像もしていなかった。もっとも、この小さなボードのスペックは、ほとんどGPU付LINUXサーバ。現状でも売られている高価なHPCと、ほとんど変わらない。だからUbuntuにCaffeが入るのだから、学習済みCNNモデルが動くのは当然で、ハードウェアの進化の賜物とも言える。
それにしても、DLの中では最も実績のある画像認識のCNNには、車の自動運転への期待から莫大な投資が行われているので、自動車の「目」となる重要なパーツは、こんなにも早くハードとソフトが揃ってきたのだろう。NVIDIA社は、圧倒的スピード感でDLビジネスの世界を席巻しそうな勢いだ。

10/20に発表があったITpro EXPO AWARD 2016の大賞は、NTTコミュニケーションズの「IoT x AI Deep Learningによるデータ分析」となった。これは化学工場の原料やプラント運転状況を、時系列DLであるRNNに入力して、ガスの品質を予測するものだ。しかしこのDLでは、予測データをプラントにフィードバックしているわけではないので、あくまでテストレベル。リアルタイム処理できるわけではなさそうだ。もっとも化学プラントの制御をDLに完全に任せるのも、かなり勇気が必要だとは思うが。

しかしNVIDIAやGoogleなどの米国企業と比べると、日本の企業は相変わらずスピード感に乏しい。MLですら企業は有効利用できず、ましてDLなどはほとんど手付かずだ。米国をキャッチアップするどころか、増々差が開いているように思える。
もっとも日本のDLではダークホースの三菱電機が、組み込み機器や汎用コントローラに実装されたCPUでも、学習時間は数十秒~数分で済むというDLアルゴリズムを開発したと発表があった。日本はやはり組み込み機器に強みがあるので、このような技術に大きな期待をしたいと思っている。