先日の日経新聞によると、武田薬品工業や富士フイルム、塩野義製薬などがAIを使った新薬開発を進めるとのことだ。富士通とNECなどのIT企業も含め約50社が参加し、理化学研究所や京都大学と協力して創薬用AIを開発、新薬の候補となる物質を素早く探すそうだ。
新薬の開発は、10年以上の歳月と平均1千億円にものぼる巨額な開発費が必要だ。しかも候補化合物が新薬となる確率は、3万分の1というリスクの高いギャンブルなのだ。このため世界の医薬品企業は、長期間の莫大な投資に耐えられるメガファーマだけが生き残ってきた。そのメガファーマの代表格であるファイザーですら、年間8千億円ものR&D投資をしているにもかかわらず、ここ数年は新薬を出せない状況にある。
医薬品には、一般的な低分子医薬品と最近注目されているバイオ医薬品、抗体医薬品などがある。従来からある低分子医薬品とは、その名の通り分子量が小さい化合物だ。しかし何十年もの開発競争の中で、薬効のある低分子化合物は大半が調べ尽され、ファイザーのような大企業ですら新薬をなかなか上市できなくなっているのが現状なのだ。
だからといって、大きな可能性がある高分子であるバイオ医薬品は、タンパク質を扱うため生物学の分野にあり、それまでの化学技術とは全く異なるため簡単には手が出せない。このためメガファーマは、豊富な資金をR&Dではなくバイオベンチャー買収のためのM&Aに費やしている。
メガファーマですらこのような状況なので、それよりはるかに規模の小さな日本の医薬品企業は、もっと切羽詰まっている状況のはずだ。このような背景を念頭において、記事を読む必要がある。日本の医薬品企業が何十社と束になっても、ファイザー1社のR&D投資に及ばないのだから、このままでは共倒れになってしまう。そこで日本の政府が旗振りをし、たとえ呉越同舟であろうとも、創薬用AIに賭けたのだろう。もっとも国の総予算1千億円は大きな金額にも思えるが、メガファーマ1社の数か月分の投資金額に過ぎないのだが。
では創薬AIとは、どのようなものだろうか。新薬を開発するためには、テーマ選定、ターゲット決定からヒット化合物探索、合成、前臨床試験、臨床試験、FDA審査などの長い長いプロセスが必要となる。創薬AIの情報を持っていないので想像するしかないが、おそらくIBMワトソンと同じアプローチを試すはずだ。つまりテーマ探索後、目標となる薬効を持つ可能性のある化合物の候補を、世界中にある莫大な論文や文献の中から探し出すか、やはり膨大な化合物が登録されている化合物ライブラリの中から検索する方法だろう。単なる検索なる今までもやってきているが、そんな簡単な話ではない。しかし英語の自然言語処理なら進歩が著しく、意味抽出に近い技術もできそうなので、可能性は高い。
別のアプローチとして考えられるのは、ヒット化合物探索や創薬分子設計におけるAI活用だ。コンピューターパワーの圧倒的進歩と人間のゲノム解析により、試験管を振って実験をしてきた従来の手法が、コンピュータシミュレーションでも可能になってきた。この分野にAIを活用する可能性があるのかもしれない。この分子動力学シミュレーションには、「京」などのスーパーコンピュータの演算能力を既に投入しているが、未だに画期的成果が得られないほどの、莫大な演算量が必要な領域。
ここからは私の「妄想」になるが、3次元構造の分子を、分子動力学のモデルでシミュレーションしても正解率が低いという状況は、なんだかディープラーニング登場以前の画像認識分野みたいに思えるのだ。つまりあるモデルを作ることは仮説にすぎないのだが、モデルを作って検証するのではなく、ディープラーニングのように正解から学習させてモデルを形成させることはできないのだろうか。まあ私は専門家でもないので、具体的な方法はわからないのだが、どこかで誰かが考えていないだろうか・・・。
まあ、超高額な抗がん剤「オプジーボ」の薬価が無理やり半額に引き下げられてしまい、製薬メーカーの創薬意欲が萎えてきている状況では、政府がカンフル剤を打つしかない。ここはなんとしてでも、1千億円の税金を無駄にしてほしくはないものだ。