2016年から大流行している「人工知能」だが、そのおかげで「深層学習」や「ディープラーニング」という専門用語まで、ビジネス界でもかなり浸透してきたようだ。2015年末まで、これらの言葉はAI専門家以外にはまったく通じなかったのだから、わずか1年で変われば変わるものだ。私としては、機械学習ならアルゴリズムや利用方法もある程度確立しているので、機械学習からビジネスへの応用がどんどん進むと考えていた。ディープラーニングの方は、まだまだ研究段階なので、ビジネスへの応用はもう少し後になるはずだと。
ところがマスコミが、【人工知能=ディープラーニング】というイメージを、世間に植え付けてしまった。また機械学習とディープラーニングの区別もできないビジネス界隈では、人工知能(ディープラーニング)ならビジネス課題を何でも解決してくれるという妄想まで抱いているようだ。
ディープラーニングというか、ニューラルネットワークの歴史は実は古い。初期のパーセプトロンなら1950年代からある。それからしばらく研究は、遅々として進まなかったのだが、1980年代の多層パーセプトロンでやっと3層になり、1989年のLeCanのシステムでは入力層を含めて8層となった。その画像認識精度で世界に衝撃を与えた2012年のAlexNetでは9層となり、ディープラーニング・ブームを引き起こす。その後の進化は凄まじく、2014年のGoogLeNetは22層、2015年のMicrosoftリサーチが152層を実現し、一気に複雑になってくる。2016年になると1000層を超えてしまい、深さ方向だけでなく横方向のネットワークにも接続され、ネットワークの複雑度合いは限りなく増し続けている。もっとも、層を増やすだけで性能が上がるわけではないのだが。
このようにディープラーニングの世界は進化速度が激しいため、ビジネス現場で利用しようにもモデルやアルゴリズムが確定できない状況に、今はあるのだ。もちろん、どこかの時点で実績あるアルゴリズムを用いて動作モデルを確定させ、製品に実装することはできるだろう。しかしニューラルネットワークの進化速度が速すぎるので、アルゴリズムを確定させた製品性能の、優位性の期間は短いに違いない。これは商品企画側としては悩ましい問題のはずだ。
身軽なベンチャー企業なら先手必勝ということで、さっさとディープラーニングを活用したサービスが開始できる。しかし企画から製品出荷まで1年もかかるような鈍重な大企業だと、製品の出荷時点ですでに性能が陳腐化している可能性が高いのだ。
現実には、「人工知能搭載」と喧伝された製品やサービスのアルゴリズムが陳腐化していようとも、エンドユーザーは気がつかない。ただ、それが顕著な性能の差となると、ユーザーに選別されるし、製品寿命にも係わってくる。だから今のところ、ディープラーニングを利用したサービスは、アルゴリズムを更新できて計算機リソースが豊富な、クラウドでのサービスしかないのだ。
しかしこのクラウドサービスは、アメリカ勢の独壇場だ。日本勢はクラウド市場を避けるしかないと言うかそんな力量もないので、機器内に組み込む用途を探っているはず。こうなると前述のように、進化し続けるアルゴリズムを確定する必要に迫られる、というジレンマに陥ってしまうのだ。
機械学習には、「ノーフリーランチ定理」というのがある。つまり、全ての課題解決に適用できる万能アルゴリズムはないのだが、脳を模したニューラルネットワークなら、もしかしたら万能アルゴリズムになる可能性を秘めているかもしれない。もし、そんな万能アルゴリズムが確定したら、計算機リソースを持てるあらゆる製品が「人工知能搭載」になるだろうな。