2年近く続いた「PoC祭り」も、やっと沈静化に向かっているように思える。「PoC」というのは実証実験のことで、機械学習やディープラーニング、俗に言う「AIテクノロジー」を利用したビジネスを始める際には、必須の工程だ。
2016年頃に起きたAIブームの中で、ビジネス界では「流行のAIを使って新規ビジネスを興せ」という、IT音痴のトップからの無茶ぶりで始まったのが、2017年から突如沸き起こった「PoC祭り」だった。

2017年の時点で、日本に機械学習を駆使できるエンジニアは、ごく少数だった。その少し前から始まった「データサイエンティスト・ブーム」のおかげで、機械学習の知識は普及を始めクラウドMLも2016年後半から拡充をしていた。しかし研究者ではないエンジニアは、具体的案件がない限り、機械学習に手を出したりはしない。ましてディープラーニングなどは、その時点で前例も実例もないような技術であり、開発手法すら不明だった。

元気で積極的だったのはAIベンチャーだけだったが、知識や技術力はあってもビジネスの進め方は概ね下手だったようだ。わがままなクライアント企業は、ビジネスになるかどうかわからないような段階で金を払うことを渋り、必須である実証実験(PoC)の費用をAIベンダーが被ることが多かった。このためAIベンダーの大半は、「PoC貧乏」になっていく。

相変わらず動きの鈍い国内大手ITベンダーは、社内にAIテクノロジーを駆使できるエンジニアがほとんどいないことにやっと気がつき、組織改編や社内教育を始めたのは2017年もだいぶ過ぎてからのことだ。この時点で、営業には国内の大企業から山のようにAI案件の依頼があったようだ。しかしAIビジネスの進め方を確立していないため、とりあえずクライアントのワカガママな要望だけ聞いて、開発に丸投げしていた。そもそもまともなデータを持っていないクライアントの案件では、PoCが上手くいくわけもなく大半は失敗に終わっていく。こうしてビジネスにもならない「PoC祭り」がしばらく続いていたが、最近になってやっとAIビジネスの成功例が、日本でもちらほら出てきたようだ。

10月は毎年IT関連の展示会が多く、今年もビッグサイト「日経 xTECH EXPO 2018」、幕張「CEATEC JAPAN 2018」、「Japan IT Week 秋 2018」と立て続けにあった。全部の展示会を見学したが、相変わらずのAIブームの中で各社とも苦労しているのがよく分かった。技術の中身は機械学習なのに、AIを駆使しているという営業の言葉には慣れてしまったが、ディープラーニングを本格的にビジネス利用できている企業を見つけることには苦労した。
超速進化し続けているディープラーニングでも、CNNなら技術的に確立してライブラリも豊富になったので、エンジニアでも利用可能のはずだと思っていた。しかし現場では、苦労が絶えないようだ。最大の問題点は、やはり「教師データ」の確保で、「正解画像」を数万枚集めることができずに、目標の精度が得られなかったPoCが大半のようだ。
多くのベンダーが、工場での品質確認・外観検査にCNNを利用しようとしていた。しかしキズや異物のある「不良品」を判定するための画像データが足りない、判定速度が遅い、ハードウェア価格が高い、などの課題があるそうだ。CNN固有の問題である「大量の教師データ問題」に関しては、いくつか面白い提案もあった。
GAN(Generative Adversarial Network)を利用して、良品画像から不良品画像を大量に生成する
転移学習して教師データを大幅に減らす
③ CNNの最終出力層で判定閾値を操作する
どれも実験レベルで実用化はしていない。某大企業が宣伝していた③は、どうみても精度が出るはずもないので失敗するだろうな。他の手法としては「スパースモデリング」の手法があるのだが、それを利用した企業は見当たらなかった。

数少ないディープラーニングの実用化の例としては、意外にも建設業界にあった。「コムシス情報システム」という企業が、建設現場で作業者の装備の安全点検や、ドローンが撮影した設備画像からの劣化部分の抽出を、社内利用としてCNNで実用化していた。技術的には標準的なCNNのようだが、建設業界特有の過去から大量に保有している写真画像を活用しているのが特徴だ。建設業界では、安全確認や証跡のために、昔から現場写真を大量に撮ることが義務付けされている。これが功を奏してCNNでの成功事例になったようだ。

他には、機械学習の「隠れマルコフモデル」を用いて、異常検知の実例を紹介していたALBERTという企業もあった。機械の振動データや電力データなどを用いた「故障予兆検知」は非常に難しく、データサイエンティストが地道にデータ解析するしかない。展示会で見かけることが少ない事例なのだが、この企業はキチンとPoCの料金や工程を示しており、技術力や経験が豊富のように見受けられた。展示会には数百社あったのだが、相変わらずAI技術といってもただのRPAが大半なのが残念だった。
日本企業は、あの松尾先生の言うように、アメリカや中国の企業とは完全に周回遅れになっていることが確認できた展示会シーズンなのであった。

なお、PoCのノウハウやAIビジネスの進め方については、拙著「未来IT図解 これからのAIビジネス」に詳しく書いてあるので、ぜひ読んでみてください。