『教育は商取引ではない』この言葉は、哲学者であり武道家である内田樹の言葉だ。
今まで教育について考える際に、費用対効果だとかメリットだとかいう言葉を使うと、小生でも違和感があったのだが、この言葉で気がついた。教育を語る際には、ビジネス用語を使ってはいけないのだと。内田教授などは、「教育投資」などという言葉は使用禁止にしろとまで言っていた。
確かに教育の効果というか目的は、人を育てることにある。その人が社会に出ていく際に、きちんとした社会人として生活できるよう育てるために、教育はあるはずだ。教育に100万円使ったのだから、後で100万円以上稼いでこい、というものではないだろう。
ビジネスの現場に長らくいると、どんなことでも金勘定に換算して考える癖がついてしまう。特に近年のグローバル経済とやらに毒されてからは、企業人は常に利益優先の思考方法が体に染み付いてしまった。収益を得ること以外の価値観があることを、現代の社会人特に企業人は、すっかり忘れてしまったのだ。
だから教育にまでビジネス思考を持ち込んでしまい、「教育投資」などという気持ち悪い言葉ができてしまったのだろう。人を育てることの意義は、将来その人が幸福な暮らしを得るためであり、その人から教育にかかった費用を回収するためではないはず。
なんだかこんな当たり前のことすら、小生を含めた現代人は忘れていたようだ。ROE/ROIに毒された会社人間たちには、教育どころか子育て支援や女性活用すら、費用対効果という思考の呪縛から逃れられないのだ。
完全にビジネス思考に毒されてしまっているアメリカでは、公教育に対する風当たりが強い。自分の子供に教育投資もできない連中に我々の税金を使うな、というわけだ。そんな利己的な人々を説得する理屈も、アメリカではビジネス用語になる。つまり、大勢の子供たちを教育しておかないと、将来あなたたち企業の商品を買ってくれるマーケットが縮小してしまいますよ、というものだから情けない。
教育の効果などはすぐには分からないし、数十年経ってから昔の先生の言葉の意味が突然わかることもある。短期的利益ばかり追い求めている現代社会のデジタル思考人間たちに、やはり教育を語らせてはいけないのだ。人というものは、長い期間をかけて学び、様々な経験を積むことで、少しずつ成長していく生き物だ。コインを入れると商品がすぐに出てくる自動販売機じゃあるまいし、教育した翌日からすぐに成果を出せるわけがないだろうに。
企業内研修のカリキュラムの中に、「ロジカルシンキング」というものがある。まあ論理的思考方法とやらを身に付けるためのものなのだが、思考方法の基礎なので社会人なら当然使えなくてはいけないものだ。だが、改めて考えてみると、「思考方法」とは単なるツールだ。価値観などはどこにも入っていない。
ところが現代の企業、特に大企業は利益を向上させることだけを追求している。厳しい生存競争を勝ち抜くためというのが理由。すなわち企業内での価値観は「利益最優先」となっているのだ。この結果、企業人は最大利益をあげるために、このロジカルシンキングを使うことになる。これが、ドイツ・フォルクスワーゲンの不正プログラム問題にもつながるのだろうな。企業倫理よりも利益優先なのだから。
ま~話がずれてしまっているが、短期間で最大利益を得ることにしか価値を見出せないような企業人が、お金を支払ってまで「教育サービス」を受けさせるのだから、教育も商取引の一種にしか思えず「教育投資」などという言葉を作ったのだろう。大多数のサラリーマンは、この言葉のマジックによって教育まで商取引のごとく感じてしまい、教師をサービス提供者、生徒を消費者のごとく思い込んでしまったのが、悲劇の始まりなのだろう。
『教育は商取引ではない』という鋭い内田樹の指摘から、色々と考えさせられてしまった。あまりに短絡的なビジネス思考に染まっている現代社会人は、改めて「利益優先」という価値観の呪縛から、いいかげん抜け出すべきなのだろうな。
エンジニア文明論
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